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原告のPTSD(心的外傷後ストレス障害)診断

(注)PTSD・・・「Post-traumatic Stress Disorder(心的外傷後ストレス障害)」の略で、トラウマを受けた人が、時間の経過の中でそれによってストレスを感じ、精神的な苦痛を受けるものである。
 つまり「心的外傷」を受けた「後」に「ストレス」を感じ、それが「障害」までになる状態のことを指す「病名」。

 戦後補償裁判の原告のPTSDについては中国の「慰安婦」裁判、在日の「慰安婦」裁判で先行して診断・研究が行われていて、関釜裁判を支援する会では、それらの先行する裁判に学びながら、98年秋から「心的外傷と回復」(ジュディス・L・ハーマン著)の学習会を5回に分けて行い、心の傷について理解を深めてきました。
(これらの学習会は若者が半数を占めていて、彼らの「心」の問題に対する理解の深さには驚かされ、彼らの戦後補償問題への関わりを納得しました。)
 今回は精神医学の立場から戦後も継続した被害が存在する事を証明する事、被害者ハルモニたちへの私たちの理解を深めるために原告のPTSD診断を計画しました。
 昨年夏、山形の精神科医・桑山紀彦さんに相談したところ、原告の診断を快諾してもらい、今年1月17日から21日まで韓国へ診断の為行ってきました。
(関釜裁判を支援する会福岡 花房恵美子)

なお、今回診断を受けたのは
挺身隊原告Aさん
挺身隊原告Bさん
慰安婦原告Cさん
挺身隊原告Dさん
慰安婦原告Eさんの計5名である。

(この心理テストの結果をホームページで公開することについてはご本人達に承諾をいただいております。)


韓国人強制労働、性暴力被害者における
PTSD(心的外傷後ストレス障害)の診断と考察

          上山病院(山形県上山市)精神科医
          医学博士 診療科長
          桑山紀彦

はじめに

方法論

PTSDの臨床的診断
 ハーバードトラウマスコア
 ホプキンススコア
 自己採点式うつスコア
 GHQ(一般健康質問紙)
 長谷川式痴呆スケール
 エゴグラム
 ロールシャッハテスト
 バウムテスト
 DSM−IV(ディー・エス・エム・フォー)に関する診断結果
各人の証言を元に、再インタビューした際に得られたPTSDの所見
 挺身隊原告Aさんの調書とインタビューから
 挺身隊原告Bさんの調書とインタビューから
 挺身隊原告Dさんの調書とインタビューから
 慰安婦原告Eさんの調書とインタビューから
 
考察

はじめに
 心的外傷(トラウマ)という言葉は、現在精神医学の領域で最も関心を集めている一つである。
 それは、これまでの精神医学が、分裂病やそううつ病のような内因性の疾患に対してのみ対応可能であると思われてきたものが、実は、心的外傷という、誰でも負い得る心の傷に対しても対応を始めようとしたからである。心的外傷に関わることで精神医学は一気に、身近な社会に存在する問題に引き戻された。
 そして欧米を中心にこの心的外傷は、戦争帰還者、難民、避難民、拷問被害者、レイプ被害者、家庭内暴力被害者などを対象に研究とケアが進められ、特に難民の被った心的外傷の研究とその癒しというテーマは、現在世界各地で展開されている心的外傷研究と臨床の最も大きな知識と試みの場となった。
 しかしながら、政治的経済的に安定した第3国に定住した難民に対する調査と研究は進んでも、実際に紛争地域あるいはその隣国に一時滞在する形で暮らしている難民、避難民に対する調査およびケアはなかなか行われにくい状況にある。
 そのため、アメリカ合衆国に逃れ、定住したカンボジア難民に対する心的外傷の調査やケアは非常に進んだが、タイ国境に逃れたカンボジア難民や、本国に帰還していった難民をその本国カンボジアにおいて、心的外傷のケアの対象に入れるという試みは皆無に近い状況である。
 私が知っている限りにおいては、アジア、アフリカ地域において、その紛争国ないしは近隣諸国を舞台に、この難民、避難民の心的外傷のケアを行なっているという情報は皆無に近い。
 では日本ではどうかというと、家族機能研究所の斎藤学氏がこのトラウマの問題を非常に取り上げ、また97年初頭にはジュディス・ハーマンの「心的外傷と回復(原題:Trauma and Recovery)」が和訳され(翻訳:中井久夫)、日本でもいよいよトラウマという言葉が使われるようになってきている。
 トラウマとは何か
 それは、人間が経験する上で著しい苦痛を伴い、生きる希望を打ち砕き、大切な人間関係を崩し、二度と立ち直れないかと思うほどの出来事に遭遇してこころが傷ついたその状態をいう。心的外傷。それはまさに中国語で訳しても「こころの(的)外傷」であるのだ。
 これまでの精神的な病気は、ある特別な人々の罹るものという固定した観念があったように思われるが、心的外傷はそれを打ち砕いて、誰もが罹り得る精神的な病気がるあるのだということを世に知らしめたことにおいて、非常に意味深い言葉である。
 つまり、これまでの分裂病やそう病、あるいはノイローゼのような病気が比較的「内科の病気」のように扱われてきたのに対し、トラウマはまさに「外科的な病気」のイメージとして登場したのである。
 つまり、内科の病気はある程度気をつけたり、予防したりすることができるが、外科の病気は突然転んだり、相手がぶつかってきたりすることで誰でも突然罹り得るということなのだ。例えば交通事故で最愛の子供を亡くした母親が受けるこころの傷、突然レイプに遭遇した女性が受けるこころの傷などは、まさに突然の外科的なこころの傷であろう。
 トラウマはその意味において、誰もが遭遇し得るこころの深い傷であるところにその身近さと深刻さがあるのだ。明日、誰であっても重い事件に遭遇すれば、このトラウマを持ち、精神的な病気となる可能性があるのだ。
 さて、その一方でPTSDとは何であろうか
 これはPTSD(Post-traumatic Stress Disorder:心的外傷後ストレス障害と訳され、一言でいえばトラウマを受けた人が、時間の経過の中でそれによってストレスを感じ、精神的な苦痛を受けるものである。つまり「心的外傷」を受けた「後」に「ストレス」を感じそれが「障害」までになる状態のことを指す「病名」なのである。
 例えば、阪神淡路大震災のとき、目の前で父親がコンクリートの屋根に推しつぶされる光景を見た子供がいるとする。その子は父親の突然かつ壮絶な死を目にしたことで「トラウマ」を受ける。そして当然数週間単位で嘆き悲しむわけであるが、その状態はPTSDではない。それから1年、2年経ってようやく気持ちが落ち着き、日常の生活もある程度できるようになった頃、彼が映画を見に行ったとする。シルベスタ・スタローンの映画「デイライト」だ。これはトンネル内での事故によって次々と天井が落磐するシーンが連続するが、この少年は何げなく見ていたその映画の途中、突然気持ちが悪くなり、動悸がして呼吸が荒くなり、冷や汗が吹き出す。そしてついには失神発作を起こすのだ。
 この状態をPTSDと呼ぶ。
 言い換えれば、「記憶」と「情動」のズレ。つまりよく覚えていないのに、気持ちだけはいつも不快になるとか、はっきりと覚えているのに、情動が動かないといった現象がPTSDの本態である。
 つまり一旦忘れたか、日常の生活の中に紛れたかのように思っていたトラウマの出来事が、ある小さな刺激で突然蘇り、様々な精神的な症状を出させることをいう。いわば、一旦無意識の中にしまい込んだかのようになっていた心的外傷の記憶が、突然吹き出すように蘇り、精神的な危機に陥ることを指すのだ。
 筆者はこれまでこのPTSDについて、日常外来ではもちろん診察してきたが、その他にもカンボジア難民、旧ユーゴスラビア難民を対象に調査、研究、加療してきた。
 そして今回は50年以上前に受けたトラウマが、PTSDの症状を出させているかどうかの検証をするべく、韓国へ渡り、直接被害者に会って診断を試みた。

方法論
 どの場面でも通訳者が間に入って、診断者は間接的に韓国語で被験者との意志疎通を図った。
◆ 問診:通訳者を間に入れ、様々な臨床的診断のために必要な質問を行なった。それは以下に示すDSMーIVを基本に使い、そのクライテリアをいくつ満たしているかを問診、視診によって判断した。
◆質問紙:以下の質問紙を通訳者に翻訳してもらい、かつ説明してもらいながら、相互に干渉しないように、十分な距離をとって筆記に努めてもらった。
 ・ハーバード・トラウマ・スコア(Harvard Trauma Score :37問)
 ・ホプキンス・スコア(Hopkins Score :25問)
 ・SDS(自己採点式うつスコア:20問)
 ・GHQ28(General Health Questionnaire 28:総合健康スコア28:28問)
 ・HDSーR(Hasegawa Dementia Score :長谷川式うつスコア改訂版)
 ・エゴグラム(Ego-gram)
◆投影心理テスト(Projective type)
 ・ロールシャッハ・テスト(Psychodiagnostics Test of Rorschach)
◆描画心理テスト(Drawing Pshcological Test)
 ・バウムテスト(Baum Test)

PTSDの臨床的診断

ロールシャッハ・テスト

バウム・テスト

DSM−IVに関する診断結果

各人の証言を元に、再インタビューした際に得られたPTSDの所見

考察