PTSDの臨床的診断はじめに
PTSDはアメリカの臨床診断基準DSMーIVで明確化されている。その臨床診断はいくつかのクライテリアによって表現され、それをどの程度満たすかによって臨床的にPTSDが診断されている。
その診断基準は以下のとおりである。
A.本人は通常の人が体験する範囲を越えた出来事を体験した。
それは日本軍に連行され、暴行、強姦を受けたことである。
それは自分の生命や身体的保全に対する重大な脅迫であり、脅威であったと考えられる。
B.外傷的事件は以下の内、少なくとも一つの様式で持続的に再体験される。
@反復的で、かつ意識に侵入的なこの事件の想起が見られる。
Aこの事件に関連した、反復的かつ苦痛的な夢を見る。
Bあたかもその外傷的な事件が再び起きたかのような、突然の行動や感情が見られる。
C外傷事件を象徴、またはその一側面に類似しているような事件に暴露された場合の、著しい心理的苦痛。
C.その外傷と関連した刺激に対する持続的な回避、または反応性の鈍磨で、以下の内、少なくとも3つの項目によって示される。
@その外傷に関連した思考や感覚を回避する為の努力。
Aその外傷の追想を生じさせる活動や状況を回避する為の努力。
Bその外傷の重要な局面の追想不能。
C重要な活動に対す興味の著しい減退。
D他の人から孤立している、あるいは疎遠になったという感覚。
E感情の範囲の縮小(感動しなくなった)。
F未来が縮小した感覚。例えば職業、結婚、子供、長い人生などを持つことが出来ない。
D.感覚の亢進を示す持続的な症状で、それは少なくとも2項目によって示される。
@入眠困難、または中途覚醒。
A易刺激性、またはかんしゃく発作。
B集中困難。
C過度の警戒心。
D過度の驚愕反応。
E外傷事件を象徴、またはその一側面に類似しているような事件に暴露された時の生理的反応(発汗、動悸、頻尿など)
E.障害の持続(B、C、Dの症状)は少なくとも1ヶ月である。
結果
ハーバードトラウマスコア
これはハーバード大学のリチャードモリカ博士らが考案したPTSDを診断するための質問紙である。多くの紛争現場などで実際に用いられているものであるが、37の質問を通して、現時点でのPTSDの状態を把握する。
「DSMーIV」は、実際の診断基準に沿ったPTSDレベルを示し、「総合」はその他の所見を加味して総合的に判断されたPTSDのレベルである。
2.5を共に越える場合にはPTSDが存在していることを示唆するものである。
その結果、Cさん以外は2.5以上を共に越えており、PTSDの所見が確認された。
ホプキンススコア
ホプキンススコアも同じくハーバード大学のリチャード・モリカ博士らが考案した質問紙であるが、PTSDがあると予測され、そのPTSDから来る不安の症状や抑うつ(落ち込み)の症状を数値で捉えるものである。
「不安」はトラウマやPTSDに関連した不安の心のレベルを示し、「抑うつ」は同じような抑うつ、落ち込みの心のレベルを示している。「総合」はそれらを併せた心のレベルである。
その結果、すべての人が1.75以上であり、「不安」も「抑うつ(落ち込み)」も存在するということが確認された。
しかしBさんだけ、他の4人と比べてスコアが低く、抑うつや不安のレベルが軽度であることが把握された。しかしそれでも不安や抑うつは存在している状況である。
自己採点式うつスコア(SDS)
40以下・・・抑うつ傾向は乏しい
40〜50・・・軽度の抑うつ
50以上・・・中程度の抑うつ
SDSは、広く世界で用いられている「抑うつ(落ち込み)」の状態を把握するための質問紙である。
こちらはホプキンスと違って、特にトラウマやPTSDとは関係なく、一般的な抑うつの気持ちの状態を把握するためのものである。
これを用いることで、被験者の抑うつ(落ち込み)が日常的にも存在するかをさらに確認する「補完的」な役割を担っているテストである。
その結果、Bさんが「軽度の抑うつ状態」であり、他の4人はすべて「中等度の抑うつ」を示していた。これは先のホプキンスの状況と合致しており、Bさんのみ他者と比べて抑うつ状態が軽症であることがわかった。
GHQ(一般健康質問紙)
これは、広島や長崎の原爆の被害者の後遺症を知るためなどに用いられた、一般的な質問紙である。
健康について尋ねるものではあるが、精神面からの原因追及を主眼としており、精神的な原因から来る健康上の不都合をあぶり出すものである。
「身体的症状」「不安と不眠」「社会的活動障害」「うつ傾向」の4つの軸を持ち、それぞれがどの程度悪化しているかを見る。
放射状棒グラフで示したが、結果は以下のとおりである。
Cさんは状態が安定せず、GHQが施行できなかった。
結果はAさんがすべての項目で7点の「著しい障害」を示していた。Bさんは不眠と不安、身体的症状は高いが、うつ傾向には乏しく、社会的な活動障害も比較的軽度であることがわかった。
Dさんはうつ傾向に乏しく、不安と不眠、身体的症状や社会的活動障害は著しく高いという結果となった。
Eさんはいずれも高いスコアを示していたが、唯一うつ傾向は多少軽度であることが示唆された。
長谷川式痴呆スケール
これは、その時点における痴呆の状態を把握するものである。
被験者はみな高齢であり、当然その高齢化による記憶力の減退やさまざまな知的な活動の障害が予測されるところである。
そこで、日本でも広く施行されているこのスコアを用い、痴呆状態にあるのかないのかを把握しようと試みた。
その結果、全員が21点以上であり痴呆の存在は疑われなかった。
特にBさんのスコアは高く、満点を取得しており、現在でも知的活動が十分であることを示唆していた。
エゴグラム
エゴグラムは各人の性格傾向を知るために用いた。
これも広く世界中で使用されている「性格テスト」であるが、その性格要素を「厳格な父親のような要素(CP)」「優しく保護的な母親のような要素(NP)」「理性的で緻密、冷淡な要素(A)」「自由に広がる心を持つ子どものような要素(FC)」「順応して適応している子どものような要素(AC)」の5つに分け、そのバランスからパターン化を試みて、各人の性格の把握の参考とするものである。
Aさん
いわゆる「逆N形」で、不安が強く、ちょっとした刺激にすぐに反応して落ち着かなくなったり、様々な身体的不定愁訴を出しやすい傾向。著しい精神的不安の状態が予測される。その一方で、CP(父親的)も高く、頑固な一面も感じさせる。
Bさん
いわゆる「N形」で、従順で環境に適応性のある性格傾向。何かストレスがあっても、自分の中に抱え込みやすい傾向はあるが、基本的に他者との交流には肯定的で、弱者の保護などにも勤められる性格傾向が予測される。その一方で、CP(父親的)も高く、頑固な一面も感じさせる。
Cさん
健康上の理由より施行できず
Dさん
いわゆる「N形」で、いずれも高スコアである。人の面倒を見ることが好きで、基本的に過干渉的な傾向がある。しかし、安定した性格で、多少のストレスに対しては自分の内面で処理しようとする傾向がうかがえる。その一方で、CP(父親的)も高く、頑固な一面も感じさせる。
Eさん
いわゆる「N形」であるが、FC(自由な子供的)が低く、AC(順応した子供的)が高い。社会規範や倫理観などに特に気を使い、そういった「枠」に対しては従順であろうとする傾向が強い。その一方で、CP(父親的)も高く、頑固な一面も感じられる。
Aさんを除いてみな「N形」を呈していた。
これは、従順で受容的、保護的な「母親」的要素に支えられており、「優しい母親」的なイメージの強い性格傾向である。加えて、こういった場合は社会倫理やモラルなどによる縛りにもろく、自我が出せない傾向が強い。
一方のAさんは「逆N形」で精神的な不安状態が強いことを示唆している。古い表現を用いるならば「ノイローゼ」状態であり、何かのストレスや刺激で、容易に精神不安に陥ってしまう可能性がたかい。自殺などの自滅行為に走りやすい傾向も伺える。
ロールシャッハ・テスト
バウム・テスト
DSM−IVに関する診断結果
各人の証言を元に、再インタビューした際に得られたPTSDの所見
考察