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下関判決要旨


一 本件は、主として、いわゆる従軍慰安婦、あるいは朝鮮人女子勤労挺身隊員であった原告らが、帝国日本の侵略戦争と旧朝鮮に対する植民地支配によって被ったとする被害につき、戦後補償の一環として、被告国に対し、国会及び国連総会における公式謝罪(以下「公式謝罪」という)と損害賠償を求めた事案である。

二 原告らが請求の根拠として主張したのは、ほぼ次のような内容である。
1 「道義的国家たるべき義務」に基づく責任
 カイロ宣言、ポツダム宣言、日本国憲法前文及び九条は、被告国に対し、侵略戦争と植民地支配の被害者に対する謝罪と賠償を具体的内容とする「道義的国家たるべき義務」を負わせているから、国家賠償法の類推適用により、公式謝罪と損害賠償を求める。
2 明治憲法二七条に基づく損失補償責任
 明治憲法二七条においても、日本国憲法二九条と同様、生命、身体の自由に対する損失補償の請求が可能であるから、原告らが被った「特別の犠牲」につき、その損失補償を求める。
3 立法不作為による国家賠償責任
 日本国憲法前文、九条、一四条、一七条、二九条、四〇条及び九八条二項を総合すれば、同憲法が被告国会議員に対し、侵略戦争と植民地支配の被害者に対する戦後賠償ないし補償を行う立法義務を課していることは明らかであるのに、被告国会議員は、戦後五〇年を経た今日まで違法に右立法をしないまま放置してきたから、国家賠償法により、公式謝罪と損害賠償を求める。
4 「挺身勤労契約」の債務不履行に基づく損害賠償責任
 挺身隊原告らと帝国日本との間には、帝国日本が同原告らに対し、生け花、裁縫・ミシンを教え、また、工場での就労、帰郷等につき、同原告らの安全を配慮すべきことを内容とする「挺身勤労契約」が結ばれていたのに、帝国日本は、右債務の履行を怠ったから、債務不履行による損害賠償を求める。
5 不法行為による国家賠償責任
 前記1の「道義的国家たるべき義務」の具体的内容として、被告政府には、侵略戦争と植民地支配の被害者に対する補償立法案を作成し、また、その前提となる法的責任を是認して事実調査をすることが日本国憲法上要請されていたのに、被告政府高官は、被告の責任終始否定したり、調査を尽くさないまま従軍慰安婦制度への国家の関与を否定し、また、永野元法務大臣も、「慰安婦は当時の公娼」と発表して右「道義的国家たるべき義務」に違反したから、国家賠償法による公式謝罪と損害賠償を求める。
 さらに、右永野元法務大臣の発言により、慰安婦原告らの名誉が著しく侵害されたから、国家賠償法により、これによる損害賠償を求める。

三 当裁判所の判断は、次の通りである。
1 「道義的国家たるべき義務」に基づく責任について
 原告らの論旨を追っていっても、「道義的国家たるべき義務」の論証に成功しているとは認められないし、端的に、日本国憲法が被告国に対し、現在の憲法上の義務として、過去の帝国日本の戦争と植民地支配の被害者に対する直接の謝罪と賠償を命じているかを検討しても、唯一の根拠となるべき憲法前文の文言からは、右謝罪と賠償を憲法上の現在の法的義務として認めることはできない。
2 明治憲法二七条に基づく損失補償責任について
 明治憲法は、既に失効しており、効力維持規定もない。また、仮に、日本国憲法に反しない限度でなお有効であるとしても、明治憲法下における損失補償は、特別の立法があって初めて認められるものであって、同憲法二七条に基づく直接の損失補償請求は許されない。
3 立法不作為による国家賠償責任について
 一般に、国会がいつ、いかなる立法をすべきか、あるいは立法をしないかの判断は、国会の広範な裁量のもとにあり、その統制も選挙を含めた政治過程においてなされるべきであるから、国会議員の立法行為は、例外的な場合でなければ、国家賠償法上違法の評価を受けないが、立法不作為に関する限り、これが日本国憲法の根幹的価値に関わる基本的人権の侵害をもたらしている場合には、右例外的な場合として国家賠償法上の違法を言うことができる。
(一)証拠により事実を検討すると、従軍慰安婦制度は、徹底した女性差別、民族差別であり、女性の人格の尊厳を根底から侵し、民族の誇りを踏みにじるものであって、日本国憲法一三条の認める根幹的価値に関わる基本的人権の侵害であったとみられるが、そのことのゆえに、日本国憲法制定前の出来事につき、直ちに同憲法による現在の義務として賠償立法の義務を導き出すことはできない。しかし、一般に、法の解釈原理として、あるいは条理として、先行法益侵害に基づくその後の保護義務を法益侵害者に課すべきことが許容されており、右法理によると、帝国日本と同一性ある国家である被告国は、従軍慰安婦とされた女性に対し、より以上の被害の増大をもたらさないよう配慮、保証すべき法的作為義務があったのに、多年にわたって慰安婦らを放置し、その苦しみを倍加させて新たな侵害を行った。そして、平成五年八月、内閣官房内閣外政審議室の調査報告書が提出され、当時の河野洋平内閣官房長官の談話も発表された。これにより、右作為義務は、日本国憲法上の賠償立法義務として明確となったが、合理的立法期間として認められる三年を経過しても被告国会議員は右立法をしなかったから、被告国は、右立法不作為による国家賠償として、慰安婦原告らに対し、各金三〇万円の慰藉料支払い義務がある(注を参照)。しかし、公式謝罪の義務まではない。
(二)証拠により事実を検討すると、挺身隊原告らが結果的にだまされ、いまだ幼くして過酷な条件下で勤労動員され、種々の辛酸をなめたことが認められるが、慰安婦原告らの被った被害と比べると、その性質と程度に相違があり、決して挺身隊原告らの被害を軽視するものではないが、同原告らの被害は、これを放置することがなお日本国憲法上黙視しえない重大な人権侵害をもたらしているとまでは認められない。
4 「挺身勤労契約」の債務不履行による損害賠償請求について
女子挺身勤労令等の法規によっても、また、官斡旋・隊組織による動員方式について検討しても、原告ら主張の「挺身勤労契約」の成立は認められない。
5 不法行為による国家賠償責任について
 日本国憲法が、原告らの言う侵略戦争と植民地支配の被害者に対する直接の謝罪と賠償を内容とする立法義務を被告国に課していると認められない以上、右立法案を作成したり、そのための事実調査をしたりする同憲法上の義務はないから、被告政府高官の行為に違法はない。
 また、永野元法務大臣の発言は、従軍慰安婦についての歴史的、制度的認識と評価であって、それが誤っているとしても、慰安婦原告らを指してなされた発言ではないから、同原告らの名誉を侵害するものではない。

注:「判決要旨」では、「立法不作為による国家賠償として、慰安婦原告らに対し、各金三〇万円の慰藉料支払い義務がある」と書かれている。これは被害に対する直接の賠償ではなく、賠償そのものはあくまで立法によって行なうことを前提として、賠償立法が遅れていることに対するペナルティーの「30万円」。