関釜裁判ニュース第58号

★首都圏だより★  



先日、伊集院静氏の「お父やんとオジさん」を読んだ。伊集院氏のいわば「自伝的小説」である。

山口県に住む在日二世の「ボク」は、かつて一度だけ、韓国からたずねてきた母の弟と会ったことがあった。
その叔父が亡くなった後、「ボク」は、海運業を営む実家で古くから働いていた男性から、驚くべき話を聞かされる。

朝鮮戦争中、「ボク」の父は、戦乱で困窮する義弟を助けるため、危険を顧みず密航して単身韓国に渡ったのだ。
男気あふれた父の破天荒な行動。
いち家族の歴史が、民族分断の韓国現代史と二重写しになる。
伊集院氏は還暦を前にして、自分のルーツに向き合おうとしてこの物語を書いたのかもしれない。

わたしは、伊集院静氏といえば思い出すことがある。
ご存知のように彼の前の奥さんは亡くなった女優・夏目雅子だ。
結婚したとき、結婚式も韓国の様式で挙げ、夏目雅子もチマチョゴリの衣装を着た。
彼女は当時「彼は韓国の人なんですよ」と周りに語っていた。
韓流ブームなんぞのはるか前、それでなくても在日韓国人は何かと偏見の眼で見られ、在日の芸能人は国籍をひた隠しにすることが多かった。なのに彼女は屈託なくそう言った。
わたしはそのとき「夏目雅子っていさぎよい女優だなあ」と好感を持ったのを覚えている。

わたしの在日2世の友人は「ゴシップ記者たちを前に、『彼の祖国の韓国にいつか行ってみたいです』と堂々と言った彼女の姿を忘れられません」と、のちに話してくれた。
いつまでも美しいままの夏目雅子は、その心も、民族や国籍にこだわらないまっすぐなままだったのだと思っている。

(二〇一〇.一〇.六 元編集長・Y)

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