関釜裁判ニュース第56号

鳩山政権の下で「慰安婦」問題の立法解決を  

花房俊雄
一 待ちに待った政権交代
 八月三〇日の総選挙で戦後初めて本格的な政権交代が実現し、九月一六日に鳩山連立政権が発足した。十月九日最初の訪問国・韓国で鳩山首相は「韓国と日本との間にはいろいろな懸案があるが、新政権は歴史をまっすぐ正しく見つめる勇気を持った政権である。ただし、何でも解決できるわけではなく、時間的な猶予が必要である」と述べた。
 ついで十一月十五日、APECでシンガポールを訪れた鳩山首相はアジア政策講演で、「日本と他のアジア・太平洋国家の間に友愛の連帯を作ることができないかをずっと考えてきた」、「日本が、多くの国、特にさまざまなアジア国家の人たちに多大な損害と苦痛を与えて六十年以上が過ぎた今も、真の和解が達成されたとは思えないからだ」と話した。

 鳩山政権発足二か月の経過の中で、自民党の「二国間条約で決着済み」として過去の加害の歴史を直視することを避け続けてきた従来の歴史認識との違いを鮮やかに示しながら、その実現が簡単でない国内政治の現状認識をも示した。
 思い起こせば、「慰安婦」被害者への賠償法の成立を促した画期的な下関判決直後の九八年五月一四日に開かれた戦争被害者の真相究明法の成立を目指す院内集会で、私の判決報告に応えて鳩山由紀夫議員は「山口地裁下関支部で出された判決は、国会の責任をハッキリさせたというべきではないでしょうか。真相究明のためにも国会で全力を挙げなければならない…・」と述べられた。あの日から数えても十一年、この間半数以上の被害者が亡くなる長い年月を経てついに戦後補償への熱い思いを抱く政治家を私たちはこの国の首相に迎えることができたのである。

二 簡単には見えてこない立法解決の見通し
 しかしながら、「慰安婦」問題をはじめとする戦後補償の立法解決は国論を二分する政策課題である。政権党内にも強い反対意見がある。
 民主党は総選挙で「国民の生活が第一」と訴え、子育て・教育・年金・医療・雇用等の建て直しに全力で取り組むことを公約して政権に就いた。未曾有の経済不況下で税収が縮むなか、苦闘が続いているのが現状である。
 民主党の政権政策であるマニフェストには戦後補償は触れられず、「政策集INDEX2009」に「国会図書館に恒久平和調査局を設置する国立国会図書館法の改正(私たちが従来取り組んできた真相究明法案)、シベリア抑留者への未払い賃金問題、慰安婦問題等」と記され、必ずしも優先順位は高くなく、国会議員の関心も薄いのが実情である。
 小泉首相以後の自民党政権下で切り捨てられてきた弱者の生活と破壊されてきた人と人との絆を再生する国内「友愛」政治を経て、アジアの人々との絆の再生に取り組むのが鳩山政権の狙いであろう。
 また、戦後補償など戦後のアジア外交の大転換を伴う政策を担うと期待されている国家戦略局がいまだ本格的に始動せず、政権内で戦後補償を担う窓口が設置されていない。議員立法は原則禁止して閣法(内閣が提出する法案)で、との小沢民主党幹事長の方針で、従来民主党内で「戦時性的強制被害者問題の解決の促進にかんする法案」を推し進めてきた議員たちも戸惑いをかくせないようだ。
このような政権交代に伴う試行錯誤を見据えながら、私たち市民の側からの立法運動への取組みが必要とされる。

三 今後の取組み
 失業者の増大、税収のかってない落ち込み、デフレによる経済の更なる縮小など、年末に向かって厳しい経済状況の中で鳩山政権は生活再建に向けて苦闘の船出をしている。外国人戦争被害者の戦後補償が課題に上るのは早くても来年の通常国会で予算審議が終了する四月以降であろう。  そのような政治状況を冷静に見つめながら、政権内で「慰安婦」問題をはじめとする戦後補償の立法解決を優先課題に押し上げていくために私たちが取り組むべき課題を考えてみたい。

@ 議員への働きかけ
 連立政権を支えている議員、とりわけその中心である民主党議員に「慰安婦」問題などの歴史認識と解決の緊急性を伝えていくことがまず第一である。民主党内には「慰安婦」問題など戦後補償の立法解決に熱心な議員と強く反対する議員が共に少数いて、多くの議員は無関心、とりわけ大量に誕生した新人議員の多くは賛成・反対以前に知らないのが実情である。国会で、あるいは地方で議員を訪問し、さらにあらゆる機会を活用して多くの議員に「慰安婦」問題を伝えていかねばならない。今後地元議員への訪問、あるいは上京して議員へのロビー活動に取り組んでいきたい。
 こうした活動を通して「慰安婦」問題の解決に熱心に取り組む議員への国会内外からの圧力を弱め、孤立化を防がねばならない。

A 世論をいかに盛り上げるか
「慰安婦」被害者が名乗り出、日本軍の関与が明らかになった十八年前の盛り上がった世論に比べてここ数年、マスコミが「慰安婦」問題を取り上げることはタブーであるかのごとく、狭小なナショナリズムがひろがってきた。政権交代によってこのような世論が劇的に変化するわけではない。鳩山首相の「東アジア共同体」構想は、国民のアジア諸国に対する内向きの意識を外に向け、アジアの人々と共に生きていこうとする提案である。いまだあいまいなこの構想を歴史認識の明確化と戦後補償の実現を通して日本の政府と国民が誇りを持って訴えうるものにしていかねばならない。
 閉じられてきた国民の意識を再度開くために、大きな取組みが必要である。国内で「慰安婦」問題の解決を国に訴える市議会決議を次々にあげている日本軍「慰安婦」問題関西ネットワークが呼びかけた「『慰安婦』問題立法解決緊急120万署名」に私たちも参加したい。周りの人や団体に呼びかけてくださることを願います。
 さらには、十二月四日・インドネシアの被害者の証言を聞く集会、五日の映画「ナヌムの家」の連続上映会とナヌムの家で働く青年・村山一兵君の講演にぜひご参加ください。

 このような取組みを地方で積み重ねながら、来年の国会での予算審議が終わる四月下旬か五月上旬に、「慰安婦」問題の立法解決を促す大きな集会と強力なロビー活動を国内外からから東京に集まって開こうとする取組みが話し合われています。ご注目ください。

 関釜裁判の元「慰安婦」原告三人のうち、河順女さんと朴頭理さんはすでにお亡くなりになった。李順徳さんは毎週ソウルの日本大使館前で行われる水曜デモに参加し続けている。せめて彼女が生きているうちに立法解決の報を届けたいと切に願う。  「慰安婦」問題の解決に比して女子勤労挺身隊の立法解決は一層困難である。日韓条約資料に強制連行被害者への未払い賃金や死者への補償は韓国政府がするとの内容が明らかになり、韓国政府の支援法で元女子勤労挺身隊員にも年間八十万ウオン以内の医療支援と、負傷した者への一時金の支給がなされている。
 しかし異民族支配の植民地下で強制連行・強制労働をさせられた苦痛への明確な謝罪と賠償はなされていない。ましてや十三〜四歳の少女たちが味わった戦前・戦後の苦痛はより一層痛ましいものである。
 不二越や三菱を相手取った企業闘争と並んで立法解決への道も「慰安婦」問題の立法解決の中で切り開いて行きたい。
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