関釜裁判ニュース第53号

強制動員真相究明ネットワークの活動

真相究明ネット事務局長  福留範昭 

遺骨問題への取組み

 二〇〇四年一二月に鹿児島県で行われた小泉純一郎首相(当時)と盧武鉉大統領の首脳会談による合意によって、日韓で朝鮮人の遺骨問題への取組みが開始された。日本政府は、企業の一部、地方自治体、仏教団体などに情報提供依頼を行い、昨年までに一七二〇体の遺骨の所在が確認された。現在、遺骨の所在確認調査は、仏教宗派を中心に行われており、今年五月末には全日本仏教会等を通して、さらに五〇〇体以上の情報が日本政府に提供された。

日韓政府は昨年末、厚生労働省が管理する祐天寺の遺骨(軍人・軍属)の韓国の遺族への送還を決めた。まず、韓国の本籍が確認されている一四一体の遺骨の返還が、今年二月に計画された。韓国側(強制動員真相糾明委員会)は、一二三遺族が遺骨の受取りを望んでいることを確認しているが、現在まで進展が見られていない。日本側が、北朝鮮に関する六者会談等の理由で、協議を続けて延期しているためだ。

今後予定されている日韓協議では、追悼行事、遺族の日本招請、弔意金、DNA鑑定の可否などについて協議される予定だ。今回の取組みでの最初の遺骨返還は、来年初めになると見込まれる。日本の軍需関連の工場・土木現場、そして炭鉱などの強制労働犠牲者の遺骨の返還については、まだ具体的な議論がなされていない。

このような中、真相究明ネットでは、日韓の政府関係者との話し合いを持ってきた。日本政府には、犠牲者の遺骨の調査結果の報告、厚生年金名簿や供託金名簿の開示要請などを行った。韓国の糾明委員会の事務局長や担当者とは、情報交換を主に行った。そして、遺骨返還を促進するために、二〇〇六年に多くの市民団体と協力して、「韓国・朝鮮の遺族とともに −遺骨問題の解決へ」全国実行委員会を結成した。

全国実行委員会は、昨年七月末から八月にかけ、韓国から二四名の遺族を招請して証言集会を開催した。東京での全国集会をはじめ、南は鹿児島から北は北海道猿払村の全国二七か所で集会が持たれた。その主要な目的は、遺族の話を聞くことで、強制動員の被害が現在も持続していることを伝えること、そして日韓に遺骨問題で「顔と顔」が見える関係を築くことだった。

 この行事を通して、遺骨返還は遺族に遺骨を単にお返しするだけでなく、死亡にいたる経緯を可能な限り説明する必要性が痛感された。そして、今年は会を全国連絡会に改め、曹洞宗を中心に遺骨調査が進められている飛弾神岡・高山を選び、事前調査を行った。その後7月末に、地域の人々によって遺族に遺骨を返す体制をつくりこととその経験を全国で共有することを目的に、飛弾市で神岡鉱山の強制動員に関する学習会とフィールドワーク、そして名古屋市で全国集会を開催した。

 韓国から神岡鉱山関係の労働で亡くなった金文奉さんの遺族の金大勝さんと神岡鉱山の強制労働体験者の金得中さんを招き、証言をしていただいた。金大勝さんは、健康が芳しくなく、日韓政府の遺骨返還を待たずに、早く伯父の遺骨を引き取りたいと要望した。したがって、フィールドワークの過程で、遺骨を安置してきた神岡の臨済宗両全寺で遺骨の引き渡し式を行った。また、その前日には同寺の遺族約三〇名も参加して、法要が営まれた。

 事前調査の過程で、神岡市長に死亡者に関する資料の提供を要請した結果、戸籍受付帳が開示された。それによって、確認されていた八一名の犠牲者のうち、五〇名の本籍地が明かになった。その後の調査で、戸籍受付帳は戸籍法の規定によって、全国で過去のものが多く保存されていることが確認された。受付帳には本籍地が記載されており、これが開示されると遺骨の身元確認が大きく進展する可能性がある。受付帳の業務は地方自治体に法務省が委託する形で行われている。したがって、真相究明ネットでは、政府に開示を求める活動を展開していく計画だ。

 今年八月、岩波ブックレット『遺骨の戦後 ―朝鮮人強制動員と日本』(内海愛子・上杉聰・福留共著)が発行された。今後も、真相究明ネットでは、日本人の戦争犠牲者の遺骨問題も含め総括的に遺骨問題を把握する作業をおこなう予定だ。

 

強制動員の真相究明

強制動員・強制労働に関しては、一般に知られている知識が、事実と乖離している場合が多い。その理由は、主として次の三点に起因していると思われる。第一は、関連資料を企業や政府が、破棄または隠蔽していることだ。第二は、この問題を対象とする研究者が相対的に不足していることだ。そして、第三は、この問題を扱う人たちが、運動的な立場から、事実を誇張・歪曲して発表する傾向があることだ。現在、日本会議などを中心に「強制連行はなかった」というキャンペーンが草の根的に展開されており、こうした動きに対抗するためにも、客観的事実の探求とその共有が求められる。

 真相究明ネットでは、このような状況を踏まえ、昨年一一月に福岡で「強制連行とは何か」と題して、全国研究集会を開催した。集会では、守屋敬彦さんが、強制動員の「強制性」について、北海道の炭鉱・鉱山企業の内部資料に基づき、時期的に三つに分けて説明した。また、花房俊雄さんが、従来主張されてきた強制動員の犠牲者数(六万名)が誇張されたものであることを論証した。

 一般に、「強制労働の犠牲者の遺骨が、全国の山野や寺院に多く残っている」と言われる。しかし、真相究明福岡県ネットの調査で、筑豊の炭鉱の朝鮮人犠牲者の遺骨のほとんどが、当時企業によって朝鮮に返還されている可能性が高いことが分かった。これは、守屋さんの北海道の企業資料の分析からも裏付けられている。そして、韓国の真相糾明委員会の調査でも、被害認定された犠牲者の遺骨の多くは、当時返還されているという結果が出ている。

強制動員は、戦争遂行を目的とした動員であり、生産のための目的合理的なシステムとして遂行された側面がある。それゆえ、遺骨の返還をはじめとして、給与、食糧、事故報告、死亡通知、扶助料、弔慰金などに関しては、一定の企業では規則に基づいて実施する努力がなされたことが、最近明かになりつつある。 しかし、炭鉱・鉱山での朝鮮人労働者の逃亡率は、五〇%に近い。これら逃亡者のほとんどが、中小の炭鉱や土木工事の事業所で労働を続けた。当時は、労働力の不足から、これらの企業では身元確認を敢えてしなかったと思われる。そこでの労働で死亡した朝鮮人労働者の遺骨の返還に関しては不明である。また、強制労働者を雇用した土木・港湾関係の事業所での企業による遺骨返還の実態はほとんど把握されていない。

 遺骨の問題も含め、強制労働の実態を把握するためには、企業・政府資料の開示が何よりも望まれる。現在それが困難な状況であるので、韓国に居住している生存者への聴き取り、新たな資料の発掘をはじめとした実証的な研究を各地で行う必要がある。

 真相究明ネットでは、強制動員・強制労働の実態をより明かにするために、東京で一一月二四〜二五日に、第二回の全国研究集会を開催する。軍人・軍属の問題、遺骨問題、強制労働問題の三つのセクションで発表と討議がなされる。韓国の真相糾明委員会からも、各セクションに担当の研究者が参加し、発表をする予定だ。

 

 

関釜裁判ニュース 第53号 目次