関釜裁判ニュース第49号

解放(戦後)60周年、今こそ日本軍「慰安婦」に正義を! 
―日本軍「慰安婦」ハルモニたちの心は、生は今どうなっているのか?−
 

尹美香(韓国挺身隊問題対策協議会) 

 

 1.ハルモニの現在の状況は?

年が押し迫ってくると出てくる「今年もただ過ぎるだけかい?何かいい方法はないのかい?」というハルモニたちの問いかけが、すでに今から恐ろしいです。何と応えればいいのか、、、今日の私たちの出会いが、不確実な未来を恐れているハルモニたちにとって慰労と希望になるような始まりなることを願いながら話を始めていきたいと思います。

戦後50年を迎えながら、日本の市民団体はアジアで被害者たちを招請して、日本に謝罪と賠償を要求する全国巡回集会を開催しました。それから10年が過ぎました。その間、巡回集会に参席した韓国の被害者たちの中では多くの方がすでに故人になられました。キム・ハクスンハルモニ、カン・ドッキョンハルモニ、キム・スンドクハルモニ、チョン・ソウンハルモニ、キム・サンヒハルモニ、カン・スネハルモニ、パク・ポクスンハルモニ、、、こうして10余年の間で100名のハルモニたちが亡くなられました。

若い人たちに会うと、私たちが生きている間に恨をはらせるよう力いっぱい助けておくれといわれるハルモニたちなのに、一人二人と水曜デモで会えなくなり、現在の進行状況を見たくてもそうすることもできません。関釜裁判の原告だったパク・トゥリハルモニは、現在入院されて2年が経ち、退院のめどもたたないまま死の峠をさまよっています。

キョンギ道クァンジュにあるナヌムの家に暮らしているハルモニたちと、挺対協で運営しているウリチプにいらっしゃる方はそれでも経済的にも生活の便宜上でも安定した生活を送れているほうです。7月だけでも地方にいらっしゃる3人のハルモニが亡くなられ、今年一年だけでもすでに10名のハルモニが亡くなられました。現在残っている115名のハルモニたちは全国に散らばって暮らしています。

もちろん、韓国政府がハルモニたちに月100万ウォン(約10万円)程度の生活費を支援し、経済的には苦しくないといえども、80〜90%が一人暮らしのため、一人での生活が難しい点、病気にかかった場合などがとても心配されます。何よりも生存しているハルモニたちの年齢が78歳から92歳だということを考えると、生きている間に解決出来なければその恨をどこにもっていけばいいのかという心理的な危機感・焦燥感が、ハルモニたちにはより大きな苦しい現実となっています。

 

 2.解放60周年、ハルモニたちは何を期待しているのか?

皆さんご存知の通り、ハルモニたちが期待していることは至極当然の平凡で単純なことです。自分たちが犯罪の被害者だから、その被害に対する心からの公式的な謝罪を受けたいということ、そして単にかわいそうだと慰労してもらうお金ではなく法的な賠償を受けること、まさにそれです。

日本の一部では韓国は何を何回謝罪すれば気が済むんだと聞き返します。しかし、この問いはハルモニたちが要求する謝罪の意味と性格を理解できずにいるためだと思います。私たちが要求する謝罪の性格は日本の歴史に議定の記録として残ることを意味します。総理が口だけでする「申し訳ない。痛惜の念を感じます。総理として個人的に謝罪する。」という風なリップサービスの発言を願っているのではありません。この場合、総理は申し訳ないとしながら、内閣のある長官は「慰安婦はなかった。強制ではなくお金を稼ぐため志願した。侵略戦争ではなく解放してやった戦争だった。」などの妄言を繰り返しながら、被害者たちと被害国国民たちを混乱させる症状を起こしています。そして、総理の申し訳ないという言葉より長官の妄言が日本右翼社会をより熱くし、保守言論は意気揚々としています。被害者たちには長官の申し訳ないという言葉は、信憑性のかけらもない面白半分の戯れに聞こえるだけです。だからこそハルモニたちが願うことは、このような一瞬にして無意味と化し消えてしまう口先の謝罪ではなく、国会決議を通した日本政府の公式謝罪だということです。

この謝罪は法的な賠償に続かなければなりません。今、生存者たちが生きている間に賠償を受けられるよう急がねばなりません。現在アジアでは生存者たちを全て合わせても500余名程度だろうと思われます。もちろん、北韓の場合にはまだ国交が締結されていない状態のため、朝日国交正常化過程で植民地時代の問題を一緒に正しい方法で解決できるよう努力しなければなりませんが、それをのければ至極少ない数字です。本当に日本政府が日本国会が決議さえすれば、国連とILO、また世界の他の機構に出すお金に比べれば微々たるものだと思います。

政府が上記の二つの問題に対して決断を下せば、教科書問題はおのずと解決するだろうと確信します。現在は政府が過去の戦争犯罪に対して反省のかけらもなく責任を取らないために、その傘下の全ての政府機関が日本社会をより極右主義に、憲法を改正する日までためうことなく極端な民族主義に向かって突き進んでいるのです。

残されたのは日本政府が解放60周年に早く決議をすることです。国と国の間にあるこの重い感情の棘が取り除かれることを願っています。日本政府の間違いのため韓日市民たちがぐっと近寄ることができないはがゆさ、この不幸な過去が全て精算されることを願っています。ヨーロッパ共同体の一員になったドイツのように日本も隣国と共同体を作っていくことを願っています。

 

 3.解放60周年、挺対協はハルモニとともにどのように活動しているのか?

昨年末から挺対協は解放60周年の意味をどのように受け止めるかを悩んできました。「解放60周年だといって日本政府が変わるのか?」と考えてみる時、その応えは当然否定的であるほかありませんでした。私たち挺対協はこの問題を解決するため、また正しい歴史認識を拡散させるため運動さえすればいいのではなく、まさに横にいる被害者を考え、その方たちに少しでも慰労と希望を与えなければならないと毎年末年始になれば本当に胸が痛みます。もちろん皆さんも、私たち挺対協を始めとした韓国の市民たちも何か希望的な答えを出さなければならないという重圧感を抱いているだろうと思います。

挺対協はこの1年を通して最も重要に展開する活動分野を大きく4つに分けました。

一つ目は、解放(戦後)60周年、日本軍「慰安婦」に正義を!グローパルキャンペーンです。

この間、日本軍「慰安婦」問題をアジアの問題にとどまらせず、世界の女性の問題として、世界的な人権問題として、世界の平和の問題として拡散させてきた挺対協の活動をグローバルキャンペーンでまとめ、その力をひとつに結集し日本政府に国際的な圧力をかけるためでした。その方法の一つとして選ばれたのが国際連帯署名運動展開でした。最も連帯しやすい方法が署名運動だと判断しました。多少この署名運動に何の意味があるのかと私たちも反問しもしましたが、この問題を知ることのできないヨーロッパ・米州地域の市民たちが日本軍「慰安婦」問題が何なのか知るようになり、また自身も何かこの問題解決のために参与することができる参与の場をつくりました。これのみにとどまらず、被害者だけの問題ではなく世界の平和と人権を尊重し愛している全ての人々が共に参与し関心を持つ問題だということを、ヨーロッパとILO、日本政府にわからせる最適な方法だと思います。

この7ヶ月の間、集めた署名は548,724名と集計されました。挺対協はこの間3回にわけて署名を回収し、3月にはILO事務総長に20万名の署名を伝達し、4月には国連人権高等弁務官に20万名の署名を伝達し、7月21日国連事務総長に548,724名の署名を伝達しました。今回の署名運動で日本の労働者・教師・学生・女性・市民団体など65,480名が参与して下さったことに心より感謝しています。

挺対協は今年の国際会議は日本軍「慰安婦」生存者が共に参与し直接訴えることにし、4月スイス・ジュネーブで開かれた国連人権委員会はテグのシム・ダリョンハルモニが直接参加しました。シムハルモニは「“アジア平和国民基金”を自分は受け取りもしていないのに、受け取ったことになっている。私は悔しくてたまらない。日本政府は謝罪して賠償しろ。」という内容の証言をしました。

また6月、やはりスイス・ジュネーブで開かれた93次ILO総会でもソウル・ウリチプのキル・ウォノクハルモニが直接参席し、記者会見を持って、スイス現地巡回証言集会を通してヨーロッパの関心を訴えました。

私たちのたゆまない活動の成果を世界にむけて確認することができたのは、6月にソウル梨花女子大学で開かれた世界女性学大会を通してでした。世界各国から2千名を超える女性たちが参席したこの大会で、避けて通れない問題はやはり日本軍「慰安婦」問題でした。そして6月22日の水曜デモには100名を越える世界女性学者達が参席し、ハルモニたちに今まで生きてこられてこのように大切な歴史を教えてくれてありがとうと大きな挨拶をしました。

現在、ニューヨークの国連本部ではチャン・チャムドルハルモニが直接参席し、国連葛藤紛争予防国際会議で証言し、国連事務総長へ署名を伝達し、ワシントン・ニューヨーク巡回証言集会を展開しています。

このように挺対協は解放60周年である今年一年間、世界各国で日本軍「慰安婦」問題が論議され日本政府を圧迫する運動を継続していきます。

二つ目は、解放60周年、ハルモニたちに名誉と人権を!全国キャンペーンです。

挺対協で仕事をしている活動家は私をあわせて6名しかおりません。しかし、手伝ってくれる若者たちがとても多いです。毎週事務所に定期的に3日出てきて事務所のあらゆる面倒な業務を手伝ってくれるボランティア、映像記録を合わせてくれているボランティア、ハルモニたちを訪問し、定期的に訪問日を決めて助けてくれる地域で活動しているボランティアなど50名を超える若者たちが私たちと一緒に活動しているので、全国のハルモニたちの支援と多様な挺対協活動をやりとげることができるのだと思っています。

このような人々が地域ごとにいて活動していますが、私たち6名の挺対協事務所実務者も事務所でのみ仕事をしているわけではなく、全国を駆け回り活動しています。今年上半期は全国のほとんどの各地域で、日本軍「慰安婦」問題を知り参与するキャンペーンが展開されました。写真展示とビデオ上映、指紋でのハルモニの肖像画づくり、署名運動、博物館募金活動、講演などを構成し、チンジュ・マサン・チャンウォン・クァンジュ・チョナン・ソウル・インチョン・テジョン・スウォンなどの地域でその地域の市民団体と一緒にキャンペーンをし、全国女大生代表者協議会が主催する学生キャンペーンも各大学総女学生会を中心に進行して来ました。

7月からは毎日毎日女子プロバスケット競技が開かれているチョナン・ヨンイン・クリ・チュンチョン・ソウルなどで写真展と署名運動、博物館建設募金運動が進行されています。

今回のキャンペーンを展開しながら、挺対協は二つのシンポルをハルモニたちの問題と結びつけました。

まず一つ目のシンボルは花の種です。花の種は見た目には生命力も希望もなく見えますが、その種を土に蒔けば芽を出し花を咲かせます。解放60周年、私たちが韓国市民・学生たちと作りたかったのはまさにそれでした。ハルモニたちの犠牲、ハルモニたちのつらい歴史はこの花の種のようによい土壌に出会えれば、花を咲かせて希望をつくり平和の世界を作り出していくという意味です。私たちがその土壌になり、花の種を蒔く人になろうといういう主旨です。

各地域で全国キャンペーンを進行しながら、挺対協は韓国女性財団の協賛で花の種を分けていただきました。その花の種は各自の植木鉢で芽を出し、8月10日世界同時水曜デモ集会に集まり日本大使館前で大きな希望の花畑を作る予定です。

二つ目のシンポルは蝶です。蝶は繭から生まれます。ハルモニたちの歴史は60年間繭の中で蝶になるための苦しみの時間でした。しかし今、解放60周年を期して、ハルモニたちの繭の中での生が解放された空間で自由に飛ぶことのできるよう私たちが共に努力しようという意味です。そのため最近は水曜デモでも私たちは蝶の形でプラカードをつくり、それにスローガンを書いて叫んでいます。

三つ目、戦争と女性人権博物館建設基金募金展開です。

この部分では本当に何も言えなくなります。何故ならこの間挺対協が2回にかけてハルモニ募金運動をしてきましたがあまりにも難しかったからです。93年度ハルモニたちがまだ政府の支援も受けられなかった時に募金運動をしましたが、その当時申告したハルモニたちに250万ウォンづつ支援して終え、その後日本の“国民基金”に反対しながら、慰労金は私たちが渡すので日本政府は法的に賠償しろという運動は広げながら募金運動をしたのですが、その時申告された100名を越えるハルモニたちに650万ウォンづつの献金を各々支援したことがあります。募金目標はそれよりかなり大きいのですが、結局は途中で民間の力では到底できることではなく韓国政府の補助を要請し、政府が結局は1次支援金500万ウォンと2次3,150万ウォン、合わせて3,650万ウォンを支援しました。今も新たに申告しており、調査後日本軍「慰安婦」被害者として審議・確定されるなら、政府からと挺対協の募金から支援した650万ウォンも含めて総4,300万ウォン(約430万円)支援しています。

それでも再び博物館建設のため募金を募ります。今回再び募金をするということは、当時挺対協の実務者としていた私としてはとても恐ろしく辛い仕事です。私たちの希望は韓国ではすでに国会で博物館建設支援事業を立法化したので、韓国政府が積極的に予算を準備して、民間と合同で博物館建設を推進しています。

しかし、韓国には散在していることがあまりにも多く、ここに来て日帝下強制動員真相究明委員会が発足され真相調査を始めており、親日真相究明委員会が発足し調査を始め、過去史真相究明法が通過し、解放後国家権力によって間違った歴史を調査し清算するための委員会を発足させる準備をしています。

韓国政府のこのような過去史清算活動に対しては全幅的に支持していますが、民間団体の役割はきっちりと政府と区別しなければならないので、私たち挺対協は政府機構の出帆と関係なく独自的な活動を継続しています。

私たち挺対協が推進しようとしている博物館は、幼い学生が友達と大衆交通を利用しても簡単に来れる空間、大きくなくともこの間申告された215名の日本軍「慰安婦」被害者の話を写真で文書で映像で記録展示し、その方たちの生を通して歴史を学ぶことのできる博物館です。それだけでなく、過去の歴史を超えて、止むことなく世界の市民たちと一緒に連帯し活動してきた被害者たちと私たちの運動、名誉と人権回復運動、正義を実現するための運動、平和運動の記録を残して、この運動があったから社会が希望的に変わっていったということを分かるようにするつもりです。現在までも続いている世界の戦争と葛藤状況によって性暴力の犠牲者になっている女性たちを支援し、彼女たちに連帯する空間も準備するつもりです。

この事業にファン・クムジュハルモニが最も大きな献金をしてくれました。ハルモニの表現を借りるなら、30年間酒を売ったり食堂をしたりしながら、タバコも酒も一切やらず、その時ごとに瓶に集め1億ウォンを貯蓄したと、その貴重でハルモニの生が一言一句染み入ったお金を出してくれました。そして私たちは最近ファン・クムジュハルモニの瓶を人権瓶と名づけ、各自の家や事務所に人権瓶を置き、酒1本代・タバコ1箱代を集め博物館を作ろうというキャンペーンを展開しています。目標は2007年に完工予定です。

次に私たちが日本政府に主張する7大要求にもあるように日本政府は当然日本軍「慰安婦」被害者達のため追悼公園と博物館を建設しなければなりません。靖国神社の代わりに追悼空間を作ることよりもっと重要なことは、まさに日本の侵略戦争によって犠牲を被ったアジアの被害者たちのために追悼公園と博物館をつくることではないでしょうか。日本がアジアに対してしでかした罪に対し贖罪する道は、総理が靖国神社に参拝し政治家が靖国神社に参拝するための道筋を作ることではなく、侵略戦争犠牲者たちの追悼公園と博物館を建設し、その犠牲を追悼するための道筋を作ることでしかありません。これこそが日本の現世代と後世代が戦争に反対し、平和を作り出す理由と目的を人々の胸に刻むことになるでしょう。

四つ目、解放60周年、日本軍「慰安婦」問題解決は被害者ハルモニと共に!です。

私たち挺対協の活動中で最も大きく大変な活動がまさに生存者支援に関してです。先ほども話したとおり、現在生存者の状況は本当に今日明日知れない不安な状況です。

解放60周年の始まりは私たちにあまりにも胸が痛くあまりにも苦しいものとして近づいてきました。新年が明けるやいなやハルモニの訃報が私たちの胸を重く締めつけました。1月2日、ソウルのキム・サンヒハルモニが生涯を終えられ、続いて1月10日にキム・ブンソンハルモニ、1月27日にプチョンのパク・ポクスンハルモニ、2月4日トンドゥチョンのイ・ヨンスンハルモニ、3月8日テグのクォン・テイムハルモニ、3月13日テグのイ・スンギョハルモニ、3月17日キョンプク・ヨンヤンのホン・ジェソンハルモニ、4月19日プチョンのカン・スネハルモニ、4月20日チュンプク・ヨンドンのキム・ヨンジャハルモニ、4月25日チュンナム・タンジンのシン・ギョンナンハルモニ、7月8日テグのシン・ヒョンスンハルモニ、7月15日チュンプク・チョンジュのイ・ボゲハルモニ、7月16日チョンナム・ナムウォンのヤン・ジョムスンハルモニ。このような13名の訃報は、私たちにハルモニの死に対する悲しみにくれ追悼する暇を与えることもなく、お葬式をするだけで手一杯にさせました。

それでも起き上がり小法師のように生と闘っている別のハルモニたちがいるので、その方たちが生きている間に少しでも笑えるように、亡くなった方たちのための鎮魂劇、人権キャンプ、ウリチプでの「慰安婦」(トラウマ)治療プログラム、ハルモニとボランティア1対1姉妹縁組活動などを続けてきました。

 

 4. 8.10世界同時水曜デモ集会global actionを通じて私たちは何を知らしめようとしているのか?

1992年1月8日から始めた日本軍「慰安婦」問題解決のための水曜定期デモは、いつの間にやら満13年が過ぎ14年目に入りました。今週で666回水曜デモを進行しました。

さて、解放60周年8.15を目前にした8月10日、669回水曜デモを世界同時集会としてしようということに対してお話しようと思います。題目は[解放(戦後)60周年日本軍「慰安婦」問題解決のための世界連帯の日(Global Act)]とし、スローガンをやはり日本軍「慰安婦」に正義を!としました。現在までグローバルアクトに参与することにした国と地域は韓国(ソウル)、日本(東京・大阪・名古屋・福岡・京都・広島)、ドイツ(ベルリン・フランクフルト)、スイス(ベルン)、米国(ワシントン・ニューヨーク)、カナダです。

この行事を通してソウルでは1月から推進してきた国内キャンペーンの結実を集めて場所を作り、日本政府にこれ以上歴史の流れに逆らわないよう、正義回復の要求を即刻受容するよう促求するつもりです。加えて米国とヨーロッパなど世界に向かっても被害者達の60年の恨が解決されるよう支持支援できるようにし、日本が戦争犯罪に対し法的責任もとらないまま国連安全保障理事会常任理事国になることがないよう、もう一度世界からあがった声を日本政府に伝えようと思います。

特別にソウルでは、水曜ではない別の日にも水曜デモをしているハルモニたちを思い出せるよう花畑作りイベントを進行しており、ハルモニたちが14年間1週もぬけることなくたゆまず要求してきた水曜デモを人々の胸に植えるイベントをする予定です。

 

 5. 福岡市民と挺対協・ハルモニたちとの連帯のために!

私が福岡に来る前から何だかただ考えるだけでも楽しく嬉しかった皆さんと会い、このように挺対協とハルモニの活動に対して伝えられるというのがとても幸せです。こうして直接皆さんと会ってその嬉しさは倍増しました。国の境界から抜け出すためなら、加害国・被害国という過去の暗い歴史を克服し真の新しい未来と希望を作り上げるためなら、皆さんと次世代まで続く深い連帯が必要だと思っています。

皆さんの生活の基盤であるここ福岡、朝鮮人徴用者の涙と汗と恨が詰まったこの地で皆さんが活発に活動され、若い世代の正しい歴史認識を拡散させることのできることに私たち挺対協もお手伝いさせていただきたいと思っています。それが何なのか私も悩んで見ましたが、皆さんからも提議していただければ快く引き受けたいと思っております。

昨年、福岡の女性たちが私たち挺対協をコーディネイトして韓国を訪問し、平和旅行をするプログラムを持ちました。臨津閣一帯を訪問して韓半島の分断状況を共有し、西大門刑務所訪問と挺対協教育館訪問、ナヌムの家訪問、ウリチプでのハルモニたちとの交流を通して歴史認識を共有をしたことだけでなく、私たちはたとえ共通の言語を持ってはいなくとも地域が違えども、同じ場所に向かって共に努力し行進する兄弟姉妹だということを強く認識することができたそんな交流プログラムだったと思います。

また他の例をあげますと、大阪地域の2団体の15名程度の会員たちが水曜デモを直接主幹しました。直接署名書を作り、直接司会をし、不慣れな韓国語で、日本語で進行したデモはハルモニたちにもよいイメージを残し、参席された方たちも帰ってからとても意味があったと評価したと聞きました。このように様々な連帯と交流を通して私たちの間に希望が作られ、新しい歴史が開かれるだろうと思います。

8月10日、日本軍「慰安婦」問題解決のための世界連帯の日行事に向かって、その後もハルモニたちの名誉と人権が回復されるその日まで、正しい韓日関係が樹立され私たちが地理的にのみ近い国ではなく心も本当に近い国にになれるその日まで、後世に日本軍「慰安婦」問題が正しく教育され、靖国神社ではなく日本軍「慰安婦」追悼公園と博物館が建設され、日ごとにそこを訪問する追悼行列が増える幻想的で希望的なその日が来る時まで、私たち挺対協は立ち止まることはないでしょう。私たちの連帯を通して、ハルモニたちと皆さんの連帯を通して、私たちが望むことが成し遂げられるまで共に頑張りましょう。


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