関釜裁判ニュース第48号

隣国からの呼びかけにいかに応えるのか(II)  花房俊雄 

 

 韓国における植民地支配の清算

前回の関釜裁判ニュースで触れたように、現在韓国においては植民地支配の清算が被害者団体、市民団体そして政府を巻き込んでおこなわれている。植民地支配の下での被害と加害を究明する「日帝強占下強制動員被害者真相糾明に関する特別法案」「日帝下親日反民族行為真相糾明特別法」の成立、植民地支配の清算が未遂に終わった日韓条約を検証すべく関連する五冊の外交文書を公開しさらに八月一五日までにすべての関連文書の公開がなされようとしている。解放後六〇年目にして韓国の人々はようやく植民地支配の清算をする機会を手に入れたのである。解放直後からなされるべき取り組みがなぜかくも長い時間を要したのであろうか?

一九四五年の解放直後から朝鮮民衆は建国準備委員会を続々と全国に結成し、自主的独立国家の建設を目指した。日本の植民地政策に協力した勢力を排除した独立国家を建設し、国内的には日帝協力者の追放と五〇パーセントを越える小作農への土地の解放、対外的には日本の植民地支配への賠償が追及されるはずであった。しかし三八度線以南を軍事占領したアメリカは民衆による下からの国家建設を抑圧し、植民地協力者と親米派を中心にした単独国家の建設に踏切った。

一九五二年に始まった日韓交渉で韓国側の植民地支配と戦争による被害への請求を、日本側は久保田発言に象徴される「植民地近代化論」と日本人や企業が韓国に置いてきた財産との「相殺論」を持って封殺し、加害の歴史を終始隠蔽し抹殺しようとした。一方の韓国側は朝鮮戦争後の疲弊と北朝鮮への対抗上経済建設が急務で植民地支配と戦争による被害の清算は後方に押しやられ、「経済協力」として無償三億ドル有償二億ドル(生産物及び役務で)で交渉は合意に達し、「両国及びその国民の請求権は・・・完全かつ最終的に解決された」ことになる。強制連行被害者らへの補償は韓国政府がするとの覚書がなされ、一九七五年に一部の死亡者の遺族と財産被害への補償がなされたが、多くの強制動員被害者への補償は見捨てられた。

四半世紀にわたる軍事独裁政権を打倒した民主化運動は、光州民主化抗争や四・三済州島事件などの軍事独裁政権や米軍政下での重大人権侵害の真相究明と被害者の名誉回復運動を経て、ついに植民地と戦争の被害者達の真相究明と名誉の回復運動=戦後補償運動と合流した。ここに至るまで実に戦後六十年の歳月を要した。一九六五年の日韓条約締結で植民地支配への謝罪と賠償を拒否し、その後軍事独裁政権に肩入れしてきた日本の罪は大きく、その代償として隣国の信頼をうることに失敗した。

 

 個人補償の責任は韓国政府にあるのか

公開された外交文書に、韓国政府が個人への補償を行うと記されていたのを受けて、現在韓国では強制動員被害者への補償が検討されている。日本での戦後補償裁判に展望を見出せない被害者達は韓国政府による補償に期待を寄せている。先日のNHK「クローズアップ現代」では日韓協定の検証が組まれ「外交文書には韓国政府が個人補償をすることになっていた。」と報じ、日帝強制連行被害者団体全国連合の記者会見が映し出された。代表の金景錫さんが、「われわれに渡される筈の賠償金が工場や道路の建設に使われ経済成長がなされたのだから、政府は早急に補償をすべきだ」との怒りの発言がなされていた。

この番組を見て、《日本政府の言っている「日韓協定で解決済み」は正しかったのだ。韓国政府が被害者への金を横取りしたので戦後補償裁判が起こったのでは》との感想を持った人も多かったのではないだろうか。

被害者達は韓国政府にも怒りをもっている。しかし日本政府への怒りが消えることはない。一〇年以上裁判をしてきて「働いた給料をなぜ返してくれないのだ」との訴えに納得のいく答えは一度たりとも聞くことはできなかった。日本国の軍人・軍属として戦場に駆りだされ戦死や負傷したあげく、戦後日本国籍でなくなったとして年金から排除される理不尽をどうして納得することができようか。

日韓交渉で日本側は終始一貫して個人請求権の証拠提示を韓国側に要求し、日本側が保存している資料を提示しないまま被害の問題を隠蔽してきた。被害を受けた人々の個人補償問題を日韓交渉から排除するよう誘導したのは明らかに日本側であった。韓国で行われている真相究明と個人補償を日本政府も共に担う歴史的責務がある。

 

 韓国における植民地下強制動員被害者の真相究明の現状

日本政府は外交的配慮から、韓国政府が取り組む植民地時代の強制動員被害者の遺骨調査・返還とそれを裏付ける名簿などの提供に協力せざるをえない事態になり、歴史を顧みる好機が到来した。

韓国における植民地支配清算の取り組みにおいて、いまだ異国の地に放置されている遺骨の発掘・収集は最優先課題である。昨年の十二月指宿市で開かれた日韓首脳会談において廬武鉉大統領から小泉首相に強制動員労働者等の遺骨の調査や返還への協力を求める要望に応えて日本政府が取り組みを開始した。四月上旬国内企業百社に朝鮮人強制動員労働者の死亡の実態を調査依頼、六月二〇日各都道府県に「朝鮮半島出身の旧民間徴用者の遺骨について」情報提供依頼を出し、各市町村に旧埋火葬許可書などを調べて死亡や遺骨の所在の情報提供を呼びかけ,二九日にはお寺など宗教関係者への遺骨の情報提供を依頼した。

このような政府による遺骨調査が各自治体や寺院などで誠実に取り組まれるようわたしたち市民による協力や監視が必要となろう。なお強制動員された朝鮮人を雇用した企業は何千社といわれる中でわずか百社への依頼はおざなりと言わざるをえない。

一方「日帝強占下強制動員被害者真相糾明委員会」に関釜裁判の原告たちを始めとする被害者達が届け出た被害申告は六月末の締め切りまでに十九万五七二名にとどまった。申告者は軍人・軍属、強制動員労働者、元日本軍「慰安婦」ら合わせて百万以上と推定されている被害者のうち二割にも満たず、当初予測されていた五十万の申告者数を大幅に下回っている。その原因に被害当事者の多くがすでに亡くなっていることに加えて、被害申告を裏付ける強制動員の名簿や被害資料(死亡、負傷、未払い賃金等)がわずかしか韓国に渡っていないことが挙げられる。七十万前後と推定される強制動員労働者(日本政府の調べでも@終戦時に職場にいた者約三二万A送還者約七万B所在不明者二二万その他(死亡、病気、家事都合による帰還四万六千+α 計六五万六千+α)のうち韓国に手渡された名簿は十万余にすぎない。十九万余の申告被害者の裏付け調査がこれから本格化するが、難渋が予想される。

 

 日本における「強制動員真相究明ネットワーク」の立ち上げ

こうした韓国における真相究明の作業に呼応する日本国内の強制動員真相究明ネットワークの立ち上げが今春来準備されてきて、来る七月一八日に東京で設立集会が開催されることになった。現在関釜裁判を支援する会の事務局メンバーであり、韓国で「真相糾明法」が韓国議会に上程された三年前から法案成立の動きを日本の戦後補償運動関係者に伝えてきた福留さんが牽引車となり、一九九〇年初めより「朝鮮人・中国人強制連行・強制労働を考える全国交流集会」に参加し各地で地道な調査活動を続けてきた人たち、戦後補償裁判の支援者達、そして研究者・学者が集まって準備を重ねてきた。

 

結成される真相究明ネットワークの活動は次のようになるであろう。

1 日本政府が取り組んでいる遺骨の所在確認・返還作業が実のあるものとなるよう各地の地方自治体、寺院などの調査に協力していく。また市民や在日の手で掘り起こされ、共同墓地や慰霊塔に集められている遺骨の返還に取り組んでいく。
 戦中・戦後、朝鮮人軍人・軍属の戦地から厚生省に持ち帰られた遺骨は遺族や韓国政府に届けられた。しかし東南アジア一帯の激戦地にはいまだ収集されていない遺骨が散在している。民間企業に強制動員された労働者の遺骨に関しては「国との雇用関係にない」との理由で国は一切関与せず、企業から寺院に預けた遺骨も住職の代替わりなどで、所在の確認に困難が予想される。また遺族への返還に対して謝罪や葬祭料など最低限度の礼儀が不可欠であるが日本政府は「日韓協定で解決済み」として拒否してきた経過がある。

2 申告者達の被害の裏付けをするために、日本政府や地方自治体に強制動員労働者の名簿や被害資料の発掘、韓国側への提出を国会議員や地方議員と連携して促していく。
 日本政府が朝鮮人強制動員労働者の実態調査(名簿、未払い賃金、負傷,死亡等)を行ったのは敗戦直後の一九四六年の一度きりである。都道府県を通して企業に報告を求め、この調査に基づいて国は各企業に未払い賃金等を法務局に供託させた。その調査資料も面妖なことに一七県分のみが厚生省で発見されたとして九二年から九三年にかけて三回にわたって合計十万前後の名簿が韓国政府に手渡されたにすぎない。供託名簿はいまだ手渡されてなく、本人以外への情報公開も拒んでいる有様である。他に企業単位で積み立てられた厚生年金の名簿がある。就業当時の創始名と生年月日が分かれば各地の社会保険所に問い合わせれば確認ができる。韓国における申告者の被害確認を供託金名簿、厚生年金名簿を照合して行っていく作業も、供託金名簿の韓国側への提供、あるいは日本政府による名簿の照合などがなされない場合は設立されるネットワークが引き受けることになるであろう。

3 真相究明の重点調査事項として(1)ハンセン病患者強制労役、(2)長生炭鉱水没事件、(3)京都府宇治市のウトロ地域住民の渡日の背景、(4)長崎県西彼杵郡所蔵の埋火葬認可証名簿の朝鮮人記載、(5)広島・長崎の原爆被害、(6)「太平丸」沈没事件、(7)サハリン朝鮮人強制連行、(8)壱岐遺骨問題等があがっている。他にも日本国内にとどまらず、日本の植民地、侵略戦争の占領地である東アジア一帯に朝鮮人が軍人・軍属、日本軍「慰安婦」として連行されているさまざまな事例がある。このような事例の真相究明に戦後補償裁判資料、各地で掘り起こされている強制連行・強制労働資料を整理し韓国側に提出すること。

 

以上見てきたように遺骨の収集・返還、強制動員被害者の裏付け調査、発掘調査資料の収集・返還と韓国における真相究明に応えるために全国の都道府県に真相究明ネットワークを張り巡らせなければならない。またこの活動を支えるために多くの人が会員になっていただき物心両面の支援が不可欠である。東京周辺の方は声を掛け合って七月一八日の結成集会にご参加くださいますようお願いします。

 


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