関釜裁判ニュース第47号

韓国における戦後補償問題をめぐる動向〜強制動員真相究明と遺骨問題 福留範昭

戦後六十周年である二○○五年は、韓国では「光復六十周年」と呼ばれる。また、本年は植民地支配の端緒となった乙巳(ウルサ)条約締結後百周年、そして韓日国交正常化四○周年として認識されている。

韓国では、今年に入って強制動員被害をめぐり大きな動きがあった。その主要なものは、一月一七日の日韓協定外交文書公開と二月一日から始まった強制動員真相究明委員会の強制動員被害申告および真相調査申告の受け付けの開始である。

また、真相委員会は韓国内と日本において、被害の真相究明調査を開始した。委員会は日本における真相究明調査を、まず遺骨問題に絞って開始することを決定した。

このような韓国における戦後補償問題に関する動向を概観し、遺骨問題に関して論じてみたい。


「日帝強制連行被害者団体全国連合」発足式
(2005年1月24日ソウルにて)

真相究明委員会

昨年二月に成立した「日帝強占下強制動員被害真相究明等に関する特別法」に基づき、一一月に設置された「日帝強占下強制動員被害真相究明委員会」(以下、真相究明委員会)の活動が、今年に入って本格化した。

真相究明委員会は、行政課、調査総括課、調査一課、調査二課に分かれ、八五名の調査官および事務官で構成されている。

真相究明委員会の主な業務は、次のようなものである。

@ 強制動員被害の真相調査を行う

A 強制動員被害に関連した国内外の資料を収集・分析する。

B 犠牲者の遺骨を発掘・収集する。

C 犠牲者と遺族を審査決定する

D 資料館および慰霊空間を造成する。

@およびCに関連して、本年二月一日より被害申告と真相究明申告の受け付けが、真相究明委員会および各市・道の実務委員会で始まった。強制動員被害の申告数は、三月三日現在で、軍人・軍属・「慰安婦」・徴用など総計四万八千五百余件になっている。この申告は第一次の受け付けで、六月末まで実施される。

これらの申告に伴い、韓国のマスコミは、被害申告の実態や各地で軍属や被徴用者等の名簿の発見されるなどのニュースを日々報道している。

真相究明委員会では、全基保(チョン・ギホ)委員長ら六名が、二月一六日より二二日まで日本を訪問した。委員会訪日団の主要な日程は次のようなものである。

二月一七日 : 細田官房長官に面会し、真相調査への協力を求める。谷川厚生労働副大臣に面会し、日韓共同の遺骨実態調査委員会の設置を提案し、可能な範囲の協力を検討するとの約束を得る。

 「恒久平和のための真相究明法成立を目指す議員連盟」の議員らとの懇談会に参加する。

二月一八日 : 日本の研究者、市民団体に対する説明会を開催する。

二月一九日 : 埼玉県所沢市の金乗院に安置されている朝鮮人犠牲者の遺骨に対する追悼会に参加し、実態調査を行う。

二月二○日〜二一日 : 札幌市本願寺別院で開かれた「強制連行・強制労働犠牲者を考える北海道フォーラム」に参加するとともに同院に安置されている朝鮮人犠牲者の遺骨の実態調査を行う。北海道市長、北海道議会議長を訪問し、遺骨に関する調査の協力を依頼する。室蘭市の光昭寺に安置されている遺骨の実態調査を行う。

真相究明委員会は、韓国内においても調査班を構成し、二月二一日全羅北道益山(イクサン)において強制動員被害の実地調査を開始した。

 

外交文書公開と補償問題

 一月一七日、韓国政府は日韓協定に関する未公開の外交文書の一部を公開した。これは、「強制動員特別法」の制定を推進した市民団体が外交文書の公開を求める行政訴訟の判決に基づいてなされた処置である。

公開された外交文書の一部によって、当時の政権が強制動員被害の補償等の個人請求権を放棄し、韓国政府がこの問題を処理する、としたことが明らかになった。この問題に関して、韓国では様々な議論が起こっている。

現在真相究明委員会の事務局長の任にある崔鳳泰(チェ・ボンテ) 弁護士は、「日本で出た最近の判決を分析しても、個人の請求権が消滅したかについて一貫していない」、そして「国家間協定を締結したからといって、個人の請求権自体が消滅すると見るのは難しい」と主張している。また、一部の研究者は、公開された外交文書は非公開文書の中で重要性がCクラスのものであり、これだけで韓国政府が完全に請求権を放棄したと断言できないとし、個人請求権をめぐる外交交渉の経緯をより知るために、非公開文書の全面公開の必要を主張している。これに関連して、韓国政府は外交文書の追加公開を八月一五日までに行うことを明らかにしている。

被害者団体の多くは、旧政権の処置に怒りをあらわにし、現政権に対して速やかな補償を求める運動を展開している。そして、二月二四日、ほとんどの被害者団体が参加してソウルで集会を持ち、「日帝強制連行被害者団体全国連合」を結成した。同連合は、未公開の韓日協定に関する文書の六月末までの公開を政府に要求すること、被害補償は一人当たり一○万ドル水準とし、補償を今年度内に実現させること、補償を実現するために、韓日両政府に強力に要請することなどを議決した。

被害者団体の一部では、日本政府に対する賠償請求訴訟が困難になったことから、徴用工に強制労働を強いた日本企業に対して裁判を提起すべく運動方針の転換を打ち出している。その例として、「太平洋戦争被害者補償推進協議会」では、徴用被害者五名を原告にし、新日本製鉄を相手にした損害賠償を求める訴訟を、二月二八日ソウル地方裁判所に起こした。

政界や市民団体の中では、韓日協定の全面的再協商を求める動きが起こった。しかし、実際にはその実現が困難であり、政府がその可能性を否定していることもあり、与党開かれたウリ党では、締結にあたって除外されている「軍慰安婦」等に対する追加協商が提唱されている。

このような状況の中で、蘆武鉉(ノ・ムヒョン)政権は、補償問題に積極的に取り組むことを表明している。

 

韓国政府の補償問題に対する対応

一九六五年の日韓協定締結後、当時の韓国政府は六六年に「請求権資金の運用および管理に関する法律」、七一年に「対日民間請求権申告に関する法律」を制定し、強制動員され終戦以前に死亡した者の遺族に申告するよう求めた。そして、被害者たちが団体を結成して反対運動を展開する中、政府は七四年「対日民間請求権保障法案」を強硬に制定した。

これらの法律に基づいて、七五年七月一日から一年間にわたり、死亡者の遺族八五五二人に対し、一人当たり三○万ウォン(約一九万円)二八億六一○○ウォンを支払った。しかし、この補償は、大きな問題を抱えており、極めて不充分なものであった。

強制動員され死亡した者の遺族の中には、日本政府からの資料提供が充分でなく、死亡の事実が確認できなかった者や、広報が充分でなかったため申告できなかった者が多数いた。また、強制動員の苛酷な労働や戦争に動員されて負傷したり病気になったりした者、サハリン残留者や元軍慰安婦などは補償から除外された。そして、補償支給総額は、個人財産の請求権に関わる補償を含めても、日本政府が供与した無償三億ドルの六%にも満たなかった。

外交文書公開の公開にともない、韓国政府は、強制動員被害者に対する補償の実施を明らかにした。当初、政府関係者の談話を基に、補償総額は五兆ウォンから五○兆ウォンになることが伝えられたが、現在は二兆〜三兆ウォン(二千億〜三千億円)の線で協議されている。

現在政府が計画している「補償」の方法案は次のように推定される。

@ 強制動員被害者に対する補償を行うための法律を新たに制定するか、既に国会に発議されている「太平洋戦争犠牲者に対する生活安定支援法案」を、国会で審議し、その名称や内容を修正して制定する。

A 真相究明委員会で開始された強制動員被害申告に基づき、被害者を認定し、この中から補償対象者を選定する。

B 選定された者に対し、被害補償を実施する。

C その「補償」は、場合によっては、「生活安定支援」の名目でなされる可能性がある。

真相究明委員会への被害申告は、五○万件に及ぶと推測されている。被害事実を実証する証拠資料を提示できない被害者等は認定されないにしても、相当数の被害者が認定され、「補償」の対象として選定される可能性がある。したがって、政府・与党が協議している二兆〜三兆ウォン程度の予算では、補償金額を押さえたとしても、大幅に不足することは明白である。

このような背景から、与党の開かれたウリ党では、国民と企業による「民間基金」の構想が持ち上がっている。また、被害者団体の一部では、日韓協定に基づき日本が供与した経済協力資金によって動員被害者に代わり大きな支援を得たポスコ(旧浦項製鉄)が、今度は被害者に対して積極的な支援をすべきだという主張がなされている。

 

遺骨問題に対する取り組み

真相究明委員会は、日本における強制動員被害の真相調査において、遺骨問題を優先させることを表明している。これは、今回の委員会訪日団の実態調査が、遺骨問題に集中していることからも裏付けられる。

日本において、民間の市民団体や在日朝鮮人の組織によって、強制動員被害者の遺骨の調査、発掘そして供養が各地で行われてきた。その一部は、遺族や国立墓苑「望郷の丘」、民間の納骨堂に送還されている。しかし、苛酷な強制労働にともなう事故や疾病あるいは虐殺によって亡くなった朝鮮人の遺骨が、日本の津々浦々の大地に人知れず眠っている。太平洋戦争の戦地には、軍人・軍属として赴き死亡した朝鮮人の遺骨が放置されており、広島で被爆した朝鮮人の遺骨は、平和公園の共同塚に埋葬されている。

蘆武鉉大統領は、昨年十二月に開催された日韓首脳会談において、小泉首相に「徴用被害者の遺骨の収集に協力してほしい」と要請した。真相究明委員会が、日本政府に遺骨の収集事業の協力を求めたのは、このような背景に基づいている。

調査委員会では、主要な事業として日本を初めとする外国での遺骨の収集と送還の事業を企図している。しかし、人的・経済的制約があり、遺骨返還事業は困難が予想される。遺骨に関する事業を遂行するためには、日本政府と地方自治体そして民間の市民団体の協力が必須である。

強制動員被害者の遺骨調査のために重要な資料として、当時地方自治体が発行した「埋火葬許可書」がある。これは、被害者の死亡年月日や死亡地とともに、生年月日や本籍地と日本における居住地等が記入されており、貴重な資料である。一部自治体では、プライバシー保護の点から、これを公開していない。日本政府の指導により、各地方自治体が過去の許可証から、朝鮮人死亡者を検索するといった協力が期待される。

その他、日本政府が所蔵している被徴用者の名簿等の資料を公開することや、厚生労働省が保管もしくは埋葬している強制動員被害者の遺骨の情報提供と送還に対する協力が、政府に求められる。

一方、民間レベルでは韓国の真相究明委員会の発足に呼応して、いくつかの活動が始められている。朝鮮人強制連行真相調査団では、各県単位で寺院に安置されている犠牲者の遺骨や位牌に対する調査活動が始められようとしている。また、強制連行・労働の調査に関わっている諸市民団体は、札幌を中心に「遺骨問題ネットワーク」を発足させ、全国の遺骨情報を集約しようと試みている。

このような市民団体と政府を中心にして、国民全体の協力が望まれるが、事態はそう容易ではない。それは、三・一運動記念式典で蘆大統領が記念辞において表明した拉致問題と強制動員問題に関する発言に対する反応に象徴されている。

三月一日に記念式において、蘆大統領は拉致問題に対応させて強制動員問題に関して、次のように語った。

「私は拉致問題による日本国民の怒りを充分に理解します。同様に、日本も易地思之(相手の立場でものを考えること)すべきです。強制徴用から日本軍慰安婦問題に至るまで日帝三六年の間、数千、数万倍の苦痛を被った我が国民の怒りを理解すべきでしょう。(筆者訳)」

これに対して、朝日新聞は社説で次のように対応した。

「大統領は日本人拉致問題に同情を示しつつ『日本もまた日帝から数千、数万倍の苦痛を受けたわが国民の怒りを理解しなければならない』とも語った。拉致問題に多大な関心を寄せながら、過去の植民地時代に行ったことを忘れたかのような日本にクギを刺したかったのだろう。それは理解できる。

だが、植民地支配という歴史と北朝鮮による拉致は同じ次元の問題ではない。北朝鮮の対日非難に通ずるかのような物言いは、日韓関係にとって逆効果だ。小泉首相は北朝鮮との過去の清算をめざして二度の訪朝をしたが、交渉の進展を妨げているのはむしろ北朝鮮である。大統領はそこを冷静に見てほしい」。

この反応が日本における一般的なものだと考える。しかし、ある日突然家族を無くし、異郷の地で亡くなり、その消息さえ知りえなかった犠牲者の遺族の思いに変わりはないのだ。「植民地支配の歴史」と言うが、韓国・朝鮮の犠牲者家族にとって、悲しみや怒りは現在のものなのだ。このことに対する理解なくしては、日本による過去問題の清算は実現不可能だと考える。

 

人間性の尊厳を基本にした運動を

遺骨は、人間の死の象徴であるとともに生の象徴でもある。遺骨は死を具現しているとともに、死者の生を喚起させ生を具現するという両義的な性格を有している。それが故に、遺骨を対象とする問題は、情緒的性格を強く帯び、主体と対象である遺骨との関係性により、その関わりが大きく規定される。

したがって、遺骨に関与する主体が何人であるかによって、その関与の性格も強く規定される。それが韓国・朝鮮人である場合、強制動員の被害者側としての立場から遺体に向かうのが一般である。そして、更に遺族、被害者団体、支援団体、国家等の主体によって、その関係性は性格を異にする。日本人である場合、朝鮮人遺骨は関与の対象にならないか、関与する場合には加害者側としての立場からなされるのが一般的である。

また、遺骨は生と死をともに具現するものであるが故に、関与は主体の死生観、世界観など文化的背景によって規定され、家族、親族、社会組織などの社会構造を反映するものとなる。したがって、関与の主体がどの国家、民族、集団に所属しているか、どの地域に居住しているかによって、関与の性格は大きく規定されることになる。

遺骨に関する関与は極めて複雑な様相を示し、政治的性格を強く帯びてくる。強制動員犠牲者の遺骨は、植民地支配という政治的背景によってその犠牲がもたらされたものであるが故に、その関与において政治性は一層強化され、しばしば遺骨は政治的に利用される。

遺骨の政治的利用は、イラク戦争において戦死軍人の遺骨に対する米国政府の扱いを見れば明白である。戦争初期には、米兵の遺骨送還は、国民の戦意を高めるために、華やかな追悼の儀礼をともなって行われ、それがマスコミに公開され報道された。しかし、イラク統治期にテロによって死亡した多くの兵士の遺骨送還は、国民の政府批判を助長する恐れから、公開されずに密やかに行われている。拉致被害者の遺骨をめぐって北朝鮮に対する批判のための批判をする運動は、まさに政治的目的を遂行するためになされていると見なければならない。

したがって、遺骨問題に関わる人々は、極力政治性を排除する努力を行う必要がある。遺骨に対する関与は、被害者への人間性の尊厳の念に基づくものであるべきである。

これは、遺骨問題に留まらず、様々な戦後補償問題に関わる人々が、配慮すべき重要な点でもあると考える。我々は、日本人であれ朝鮮人であれ、強制動員被害者に向かう時、人間性に対する尊厳の念が根底にあるべきである。それを前提に、韓国の大きな動きに呼応して、日本でも政治的に運動を展開すべきだと思う。

 遺骨問題に関係する政治性の問題を具体的に示す例として、壱岐の朝鮮人帰国船遭難事故犠牲者の遺骨をめぐる問題がある。この遺骨に関連して、筆者を含む「関釜裁判を支援する会」の数名の会員が、調査や返還のための活動に関わっている。その経緯につい報告する予定であったが、紙幅の関係から次の機会に回したい。


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