韓国「強制動員被害真相糾明等に関する特別法」成立
福留範昭
韓国では総選挙を前にして、与野党の対立が熾烈化し、三月一二日国会で盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領に対する弾劾訴追案が可決されました。盧政権は政権基盤が弱いにも関わらず、これまで果敢に政治改革に着手してきました。弾劾以後の過程は、韓国の民主化進展の大きな試金石になるものと考えます。
戦後問題に関しては、盧政権に入ってから既に大きな進展が見られました。その一つの成果が、「日帝強占下強制動員被害真相糾明等に関する特別法」の成立です。これは、日本植民地時代の徴用や徴兵など強制動員の被害の調査を行うための法律です。
この法案制定の経緯と法律の内容を簡単に報告いたします。
● 法案制定の経緯
二○○一年一○月一二日 韓国国会で、六九名の国会議員の名で本法案が発議されます。同日、「特別法制定推進委員会」が正式発足します。推進委員会は被害者団体の組織化を図りながら、国会への要請活動を懸命に展開してきました。関釜裁判原告のハルモニたちが加入している「太平洋戦争犠牲者光州遺族会」もこの運動に積極的に参加してきました。
二○○二年二月六日 特別法案が、国会の行政自治委員会に上程されます。しかしその後、特別法案は国会の行政自治委員会に繋留され、長い間実質的審議が行われませんでした。推進委員会では、国会においては、議員署名の獲得活動、関係委員や議員へのロビー活動を、そして国会外では、会報の発行、街頭署名、集会やデモ、国会議員への事務所訪問や電話・インターネット等による要請活動を展開してきました。また、夏には推進委員ら九名が八日間にわたり全国の強制動員の史跡地を廻り、各地の犠牲者と交流する「全国巡礼」も行いました。
二○○三年一一月七日 国会本会議で「過去事(過去の問題)真相糾明に関する特別委員会」の構成決議案が通過します。特別法案は、この委員会に回付され、実質的審議が再開されました (関釜裁判を支援する会では、本年一月に迅速な制定を求める要請文を関係委員あてに電送しました)。
二○○四年二月一三日特別法案が国会本会議を可決、通過しました。
● 「真相糾明特別法」の内容
法案は、国会の諸委員会で三度にわたり修正を加えられました。その内大きなものは、「真相糾明委員会」の所属が大統領から国務大臣に変わったこと、罰則規定が緩和されたこと等です。
ここでは、紙面の関係から、法案の主要部分のみを紹介します。
第一条(目的)
この法は日帝強占下強制動員被害の真相を糾明して、 歴史の真実を明らかにすることを目的とする。
第二条(定義)
この法で使用する用語の定義は、次の通りである。
@ 「日帝強占下強制動員被害」とは、満州事変から太平洋戦争に至る時期に日帝によって強制動員された軍人・軍属・労務者・軍慰安婦等の生活を強要された者が被った生命・人体・財産等の被害を言う。
A 「犠牲者」とは、日帝強占下強制動員に因って死亡したり行方不明になった者あるいは後遺障害が残っている者・・・。
B 「遺族」とは、犠牲者の配偶者(事実上の配偶者を含む)及び直系の尊卑属をいう。但し、配偶者及び直系の尊卑属がいない場合には兄弟姉妹をいう。
第三条(日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会)
@ 日帝強占下強制動員被害の真相を糾明し、この法に依る犠牲者及び遺族の審査・決定等に関する事項を審議・議決するために、国務総理所属下に日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会を置く。
A 委員会は、次の各号の事項を審議・議決する。
1.日帝強占下強制動員被害真相調査に関する事項
2.日帝強占下強制動員被害と関連する国内外の資料の収集と分析及び真相調査報告書作成に関する事項
3.遺骨発掘及び収集に関する事項
4.犠牲者及び遺族の審査・決定に関する事項
5.史料館、慰霊空間造成に関する事項
6.この法で定めている戸籍登載に関する事項
7.その他真相糾明のために大統領令が定める事項
第四条(委員会の構成)
@ 委員会は、委員長1人を含む九人以内の委員で構成する。
A 委員は、日帝強占下強制動員被害に関して専門的知識があり、業務を公正かつ独立的に遂行できると認められた者と関係公務員の中から大統領が任命あるいは委嘱する。
B 委員長は、委員の中から大統領が任命する。
C 委員の任期は二年とするが、一回に限り延任できる。
D 略
第八条(事務局の設置)
@ 委員会の事務を処理するために委員会に事務局を置く。
A 事務局に事務局長1名とその他必要な職員を置く。
B 事務局長は委員会の議決を経て、委員長の提請で大統領が任命する。 (以下、割愛します。制定法律案をご希望の方は、事務局までEメールでご連絡下さい。)
●制定運動と法案の意義
韓国ではこれまで、戦後補償に関わる運動は、各種の被害者団体が個別に展開してきました。一九九〇年代初めから、韓国内での運動とともに日本における裁判闘争が、盛んに行われるようになりました。しかし、これらの運動に対する韓国社会の認知は「軍隊慰安婦」問題を除き、充分に浸透していませんでした。これと関連して、強制動員の被害の実態に関する資料も裁判関係資料等を除き、ほとんど蓄積されていませんでした。
このような中、真相糾明特別法の制定運動はこれまで孤立していた被害者団体が結集し、これを多くの市民・社会団体が支援する形で、調査のための公的機関の設置を要求する新しい運動でした。強制動員被害者および関係者は高齢に達しており、正に真相究明のための最終と言ってよい時期に法案は成立しました。
韓国では民主化の新しい流れの中で、真相糾明法案を成立させました。そして、この制定運動と今後の真相糾明委員会の活動が民主化を更に実現していく動力になるに違いありません。
しかし、真相究明委員会の調査機関が二年に限られていること、関係機関、関係者、資料の大部分が日本にあることを考えれば、日本における真相究明のための運動と法制定が急務だと考えます。関釜裁判を支援する会では、このための活動に尽力するつもりです。皆さんのご協力を切にお願いいたします。