日朝関係の平和的な克服に向けて
花房俊雄
◆原告たちの焦燥感
二人の原告と行動を共にした六日間を通して痛感したことは、解決の見通しが立たない裁判への原告たちの強い不安であった。福岡に到着した日、朴SUNさんは「いつ解決されるのか、他の原告たちからも見通しを聞いてきてくれと頼まれた」と真剣な表情で切り出された。十年を経た関釜裁判で体力の衰えがあらわになってきた原告たちは、富山の不二越訴訟最高裁和解にすがるような思いで望みを託して、第二次不二越訴訟を迎えた。この間の不二越の頑なな拒絶、駆け足で進む日本の右傾化に不安を募らせながら「裁判で勝てるのか。どれぐらいかかるのか」と問い掛けずにはいられないのだ。
この十年間、裁判の節々で私は懸命に希望を語ってきた。しかし今の私は希望を語る言葉を持ちえない。
今回、島田弁護士を始めとする弁護団や北陸連絡会の精力的な取り組みで始まったばかりの裁判を共に担いたいとする思いを新たにすることができた旅であった。最近、「国家無答責」や「除斥期間」を退ける判決も出てきて、戦後補償裁判は下級審ではじりじりと厚い壁を乗り越えている。しかし上級審では、世論を乗り越える判決は望むべきもない。
昨年の九・一七以降、排外主義の世論が渦巻く日本社会は建前としての「戦後民主主義」さえもが音をたてて崩れつつある。先日の石原東京都知事の「植民地支配は朝鮮人の総意で受入れた。世界でもまれにみる人間的な植民地支配であった」発言がマスコミを通して垂れ流され、これまでだと東京から発せられた抗議の呼びかけもなく、あわてて福岡から抗議を全国に呼びかけねばならなかった。先頃、福岡で講演された辛淑玉さんは「最近の嫌がらせのメールや手紙が堂々と住所と実名を書いてくるようになった」と、度重なる政治家の問題発言がまかり通る日本社会の空気の劇的な変化について語られていた。
「北朝鮮危機」を奇禍として広がる狭小なナショナリズムと軍国化の克服に向けた取り組みを抜きにして戦後補償運動の未来は開かれない〜これが私の状況認識であり、日朝関係克服への取り組みにわたしを駆り立てる動機である。
◆「日朝関係の平和的な克服」に向けての取組み
「わたしたちの住む北東アジアを戦場にしないため〜日朝関係の平和的な克服を目指す講演会」は去る九月六日、二百名の参加者で会場が一杯になる中で開催された。この一年間日本社会を覆う異様な拉致報道の中で閉塞感と焦燥感を募らせていた少なからぬ市民が、ともに考え、意見交換できる集いをいかに待ち望んでいたのかがうかがえる。
北朝鮮の核問題をめぐる国際政治分析の第一人者である李鍾元立教大学教授が、八月下旬に北京で開催された六カ国協議とその後の韓国や中国のアメリカへの懸命な働きかけの詳細な分析を通して、アメリカが北朝鮮の求める安全保障を提示する方向に向かっていることを明らかにした。イラク攻撃とその後の占領政策の行きづまりで、アメリカ政府の北朝鮮政策がネオコン主導の国防省から国際協調派の国務省に推移しつつあることが明らかにされた。
朝鮮半島とその周辺国にとって切実な問題である北朝鮮の核問題の平和的解決に向けて主体的な判断を持ちえず、拉致問題のみを訴える日本政府の外交力の無残さが国際社会に露呈されつつあることにも言及された。
さらに、李鍾元さんは印象に残ることを話された。韓国は日本に植民地支配の謝罪を外交課題としてきたが、追求すればするほど韓国社会を後向きの負の方向に向かわせてきた。民主化実現以降の韓国は未来思考の対日本・北朝鮮との大交流政策に舵を取りなおし、北東アジアの平和共存の実現に向かっていると。先日小倉で講演された姜尚中さんも会場からの「ピョンヤン宣言は日韓条約と同じ経済協力方式で禍根を残すのではないか」との質問に「九○年代の戦後補償の運動は、日本社会に「新しい歴史教科書をつくる会」の台頭を呼び、歴史認識を追求すればするほど狭小なナショナリズムが広がる悪循環に陥っている。北朝鮮核問題の解決のため北東アジアに平和な共存体制を創造する関係国の共同作業に日本が積極的に参加することを通して信頼関係が生まれる。その後に、歴史認識を冷静に話し合えるのではないか」と語られた。
韓国の政治家や在日の知識人の中に日本のナショナリズムの蔓延と軍国化を憂い、北東アジアの地にはじめて生まれた地域間協議体・六者会談を安保協議体に成長させて行く中に日本を取り込もうという、日本社会の自発的「過去の克服」に対する諦念と深い配慮をうかがうことができる。
日朝関係の危機の克服への取組にわたしを向かわせた事情を二人の学者は鮮やかに語られた。
ピョンヤン宣言一周年の九月十七日、講演会実行委員会を中心とした市民四十名が福岡の繁華街で、「とりあえず国交!めざすは平和!」の色鮮やかな横断幕を掲げ、「国交と市民の交流を通して双方の不信の克服を」「国交正常化なくして拉致問題の解決なし」と訴えた。
◆ 全国各地で日朝関係克服への取り組みを
十二月にも第二回目の六ヶ国協議が開催され、アメリカの北朝鮮への「安全保障」の文書化と北朝鮮による核開発撤廃の段取りが協議される見通しが報じられている。今後、紆余曲折を伴いながらも、「北朝鮮危機」の平和的解決に向けての大きな流れは変らないであろう。北朝鮮を国際社会の中に迎え入れ、国を開かせていこうとする流れの中で重要な位置を占める「経済協力」のための日朝国交正常化を促す関係国の声もまた高まっていくであろう。
武力攻撃を辞さない国際的圧力で北朝鮮に核開発の放棄を迫るアメリカ政府内の強行路線が平和共存路線に転換を余儀なくされるなかで、救う会や拉致議連の金正日政権の崩壊を目指す「圧力外交」は国際的根拠を失いつつある。あたかもそれに反比例するかのごとく、「北朝鮮への経済制裁の強化」を求める取り組みが強まり、愛媛県では六割を超える自治体が決議をあげる事態となっている。日本の世論は、国際社会に背を向けて迷走を強め、いたずらに北朝鮮との対立を煽り、拉致問題の解決をすら迷宮の中に閉じ込めようとしている。
今、日本外交に問われている事は、北朝鮮核問題の平和的解決に向けての国際的枠組み作りに積極的に動くこと。そして、日朝国交正常化の早期実現を図ること。これこそが拉致問題解決の早道である。
北朝鮮政府は拉致被害者家族の帰国を許したならば、国交正常化の約束が反古にされるのではないかという懸念がある(拉致被害者を外交の人質にしていることは許されることではない。が、植民地支配の「清算」を否定しているがごとき昨今の日本の世論にも問題がある)。拉致被害者家族には、国交正常化されても拉致問題が解決されないのではないかという懸念がある。国交正常化と拉致被害者家族の帰国を同時に図ること。拉致被害者問題の完全解決は、国交を実現して北朝鮮の改革・開放・民主化を促がすことを通してしか現実的な解決の道はないように思われる。
金正日政権の打倒を公言し、経済制裁の強化を目指す救う会や拉致議連の方針は、朝鮮半島に混乱と戦争を呼び込む路線であり、北朝鮮に国境を接する国々が平和的解決を目指して経済支援をしている現実を踏まえると極めて非現実的で、拉致問題の解決を彼岸に追いやっている。問題は「経済制裁強化」がマスコミによってあたかも日本社会の世論のごとき呈をなしていて、小泉ポピュリズム政権を縛っていることである。
「国交正常化を通して拉致問題の解決へ」の世論喚起こそが急務である。