関釜裁判ニュース 42号

 9.6 日朝関係の平和的な克服を求める講演会に是非ご参加下さい 

  花房俊雄

 六月、訪韓して関釜裁判敗訴の報告会の最後に、それまでわたしたちへの配慮からねぎらいと抑制された発言に終始されていた原告たちが「わたしたちが働いた金をなぜ返してもらえないのか」「最高裁でなぜ上告棄却されたのか、それが知りたい」と日本への不信がほとばしり出ました。帰りの時間が迫っていて、時間切れになりましたが,たとえ時間があっても原告たちへの疑問に答えることができたでしようか。
 この一○年余の裁判を通して「裁判所は人権と正義の砦である」という幻想はすでに消え失せました。被害者の訴えに向き合った感動的な判決がたまに地裁段階で出ることはあっても、司法府全体が日本社会の世論を超える判決を書くことはありえません。九○年代の初め日本軍「慰安婦」のカムアウトにより世論を沸かした戦争の加害責任論に代わり、対抗的に登場した「新しい歴史教科書をつくる会」の狭小なナショナリズムの主張が、不況の進行を背景に勢いを得ていきました。そして昨年、北朝鮮による拉致表明を期に、加害責任論の裏返しとして、北朝鮮による主権侵害・日本人被害論が噴出し、メディアによる過剰なまでの報道の中で、「つくる会」や「救う会」幹部の狭小なナショナリズムが今や世論を席巻しています。加えて核再開発表明は「北朝鮮脅威論」を加速させ、極めて攻撃的な北朝鮮バッシングが横行する異常な事態をもたらしています。このような日本社会の現状を原告たちに伝える事は、最高裁敗訴で落ち込んでいる原告たちをさらに絶望に追いやることになったでしよう。

 大臣たちによる相次ぐ植民地支配肯定発言、女性蔑視発言、少年犯罪者とその家族への短絡的な攻撃発言が後を絶たず、リベラルな社会論調が音をたてて崩壊し、剥き出しの差別発言が世間受けを狙って横行しています。在日コリアンへの民族差別、脅迫が後を立ちません。戦後補償運動、平和運動、人権擁護運動等全てが今守勢に立たされ後退戦を余儀なくされて、呻吟しています。
 このような世論を背景に、日本政府はアメリカ政府と共に北朝鮮への「圧力」外交に転じ、拉致被害者家族会・「救う会」は更なる経済制裁を求め世論喚起に走っています。アメリカ政府による北朝鮮核施設の無条件廃棄を求める圧力外交の強化と、北朝鮮の核開発を背景に体制保障の交渉を求める「瀬戸際外交」は武力衝突の危機をはらみながら不気味に対立が進行しています。「話してわかる相手ではない」として金正日体制の打倒すら射程に入れて圧力外交を求める世論は、その行き着く先に軍事的な衝突と北東アジアが戦場になる危険性,北朝鮮に残されている拉致被害者や家族も戦火に巻き込まれる可能性を考える冷静さすら失われているように思われます。
 わたしたちは今、戦後補償運動に取り組んで一○余年をへて、原告たちの望みを実現するどころか、再び戦争被害者にしかねない戦慄すべき未来を想像せざるを得ません。韓国国民や韓国政府は朝鮮半島に住む人々に凄惨な悲劇をもたらした朝鮮戦争の再来をなんとしても避けたいと思っています。圧力外交を危惧し、対話外交による解決を強く模索しています。わたしたちは、昨秋以来吹き荒れる北朝鮮バッシングの嵐の前になすすべもないかのごとくたたずんできました。しかしもはやこのような事態を座視するわけには行きません。すでに在日コリアンや一部の市民運動が日朝関係の平和的な克服に向けての世論形成に動き出しています。

    来る九月六日の講演会が平和的解決に向けての世論喚起の一環になるとともに、世論形成を担える市民運動が輩出してくる契機になるこを願って企画されました。
 北朝鮮の核危機を、平和的解決を通して北東アジアの平和共存体制の創出にいかに転換していけるのか。植民地支配の「清算」と拉致問題の解決を日朝国交回復を通して実現して行く展望。拉致被害者家族会や「救う会」の動向を分析し、その危険性や限界を乗り越える世論をどのように形成して行くのか。こうした課題を李鐘元先生と出水薫先生の講演とその後の討論を通して解明していきたいと思っています。みなさまのご参加を心より願っています。
 (この問題を考えて行くうえで、集英社新書、姜尚中著『日朝関係の克服‐なぜ国交正常化交渉が必要なのか』が非常に参考になりました。是非お読み下さい。)

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