関釜裁判ニュース 42号

 韓国訪問ドキュメント 

  三輪淳一

 今回は、報告と慰労のための渡韓だ。「最高裁での結果を報告すること」と、「長い時間の裁判を原告が闘った慰労」を兼ねて、温泉につかっていただき、食事していただこうと企画し、この温陽(オニャン)温泉を選んだ。
 ソウルの仁川(インチョン)空港に一四日の午前中に到着すると、出口からすぐのところで、元女子勤労挺身隊原告の朴小得(パク・ソドク)さんが笑顔で迎えてくださった。しばらく挨拶を交わす。日本からは十五名参加しているので、挨拶だけでも案外と時間がかかる。しばらくすると、元「慰安婦」原告の李順徳(イ・スンドク)さんが、こちらに歩いてこられた。彼女については、「体調がひどく悪い」とか、時には「歩けない」という話を、いつも日本で聴く。でも、今日は、にこにこして、日本からの参加者と挨拶しておられる。ただ、朴小得さんも李順徳さんも、体が弱っている事には、変わりがない。「少し風邪をひいている。温泉にみんなでつかるのは無理だ」と朴小得さんはおっしゃるし、李順徳さんも付き添いがいないと安心して歩けない。
 釜山・光州にお住まいの原告たちとは、温陽のホテルで待ち合わせる。温陽は、韓国でも有名な温泉街だ。ソウルの仁川空港からバスで大体二時間半の距離にある。空は薄く曇っている。二階の広間でお互いに挨拶をしたのが夕方四時半くらいで、全体で二四名のそれぞれがそれぞれに出会いと再会を喜ぶものだから、さっきの仁川空港の時よりも相当の時間がかかる。この後、食事会は六時からと決まっており、その前に報告会を予定している。だから、あまり時間が無い。報告会は、代表の松岡さんの挨拶と、事務局長の花房さんの報告と、原告一人ひとりの言葉で時間一杯となった。
 結婚式で使うような椅子と大きな長いテーブルなので、なんとなく打ち解けられない雰囲気の食事会だ。でも、それも最初だけ。お酒が回ると皆席を交代したり、お酌し合ったり、写真撮ったりして、にぎやかになった。原告の参加者は、元「慰安婦」原告一名と、元女子勤労挺身隊原告六名だ。加えて、光州遺族会会長の李金珠(イ・クムジュ)さんが参加されている。日本から参加した支援者は、福山・広島・福岡から集まった。李金珠さんと一部の原告と支援者は、食事会の後しばらくして疲れて部屋に帰った。
 そうして、そのにぎわいのまま、カラオケになり、「にぎわい」は「騒ぎ」となる。
 カラオケの曲が何回か変わり、画面の歌詞も変わる。でも、李英善(イ・ヨンソン)さんは、ずっと歌い続けている。彼女の歌う挺身隊の歌詞は、そのまま変わらない。戦争中に挺身隊として日本に連れて行かれた当時に、望郷の気持ちを込めて歌われた歌詞で、辛くて、哀しくて、切ない。そして、曲の調子が賑やかなので、何だか全然合わない。始まった当初は、原告と支援者が交互に歌っていた。朴順福(パク・スンボク)さんや梁錦徳(ヤン・クムドク)さんが、「あなた!歌いなさい!」と支援者を指名するから。

 温陽ホテルでの報告会は、十五日のお昼に解散した。午前中に、再度話合いを持って、今度は支援者一人ひとりの気持ちを語った。ホテル近くの食堂でお昼を一緒に食べて、お店の前での解散だ。日本側のうち九名と、朴小得さんは、これからナヌムの家に向かう。元「慰安婦」原告の朴頭理(パク・トゥリ)さんは、高齢で体調も悪いので、この温陽温泉までいらっしゃることが出来なかった。彼女に会うために、タクシーに分乗して約二時間走る。空は、昨日よりも曇って、時々雨が降った。
 朴頭理さんとお会いするのが初めての人もいる。何度かお会いしている人もいる。しかし、今回お会い出来た全員の感じたことは、朴頭理さんに、元気がほとんど無いことだ。
 軽妙な冗談を言われ、即興の歌を歌い、気持ちが乗れば乗るほど話や宴会を盛り上げる。ときにはドぎつい冗談も言う。その覇気のような力が無い。ムスッとした表情のまま、眼の動きが乏しい。ナヌムの家の職員の方のお話によると、彼女にとって個人的に心底辛い事情が起こっているという。戦争で深い傷を受けた体と心で、体調も大変に悪い。高齢もある。体も一回りやせて小さくなった。いつもはモルヒネを打ちに病院に行かれるが、今日は、私達が来るのでずっとナヌムの家におられたという。韓国のお餅を用意してくださっていた。「食べろ。もっと食べろ」という様子は変わらない。
 朴頭理さんのおごりで夜はちょっとした宴会をする。この時に、今回初めての笑顔を見た。以前のような覇気まではなくとも、気持ちが乗っておられるようだ。横にいる人を顔の近くまで引き寄せられ、前でビデオを撮る人に、「そこのあんた、撮って、撮って、ほれ」と指示される。最後は、うつぶせに寝そべり、若い男性を呼んで、「体揉んで、ほれ。違う。もっと強くな」と注文されていた。彼女は、若い男性が好きなのだ。
 翌朝も曇り空で、雨も降りそう。見送りの段取りやら挨拶やらで、職員や私達が入り口のワゴン車の前でばたばたしている。朴頭理さんは、その騒ぎから離れた階段の上の方で、昨日お会いした当初の固い表情のまま、一人小さく手を振られていた。車が出ると、彼女の体は、すぐに見えなくなった。
 ナヌムの家の職員の方に、ソウルの中心地まで送っていただく。そこで、第二次不二越訴訟の原告二人とお会いして、お茶を飲みながらお話をする。そのまま、皆でお昼を食べ、一服したり、写真を撮ったりして、昼過ぎに解散した。

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