関釜裁判ニュース 42号

 裁判の最終結果を原告に告げる旅 

  松岡澄子

 六月十四日 支援する会のメンバー十五人が韓国を訪問しました。最高裁の関釜裁判に対する上告棄却の結果を報告するためでした。一九九二年の十二月二十五日、四人の原告が提訴した裁判は二次三次提訴を経て原告は十人になり、画期的な下関裁判を勝ちとったものの、広島高裁で敗訴し最高裁上告という過程を経て、審理もされず、判決文もないまま、門前払いされ、司法の場での解決の道が最終的に閉ざされたことを告げなければなりませんでした。
 朴小得さんに出迎えられた仁川空港で光州からソウルの娘(亡夫の)さんの所に転居した李順徳さんの元気な姿に一同安堵し、喜んだものでした。一行を乗せた大型貸切バスは干潟を右手に見ながら天安近くの有名な温陽温泉に向けて高速道路を三時間位走りました。
 会場の温陽プラザホテルには、光州から李金珠さん、梁錦徳さん、釜山から柳賛伊さん、姜容珠さん、李英善さんとイラク戦争をTVで観てPTSDがよみがえった朴順福さんも元気な姿で参加してくれました。ナヌムの家の朴頭理さんは心身共に健康ではなく、温陽まで来ることができないのがとても残念でした。二〇〇一年三月二十九日の広島高裁判決以来二年振りに原告、支援者が一堂に会すことができました。裁判の良い結果を携えての訪問であれば幸いだったのですが…。

◆原告にとって裁判は何であったのか
 原告たちに十一年に亘る裁判がこういう結果で終わったことの想いを話してもらったところ、「私たちのためにがんばってくれてありがとうございました」という言葉が返ってきました。支援する側の「裁判に勝てなくて申し訳ありませんでした」に対する言わば常識的な応答の構図なのかも知れません。しかし姜容珠さんが「裁判をしたことを後悔している」と語られた時、私は打ちのめされた思いでした。原告たちにとって一体裁判は何だったのか、と。「裁判をする」「原告として日本の国を提訴する」という重大事を遂行したハルモニたちの勇気と根性に私は拍手を送ります。パスポートを携え、怨念の国、日本の権威の象徴たる裁判所で裁判官、被告国側代理人(朴頭理さんは当初この人たちをみて当時の日本人を思い出したと語ったことがある)そして多くの傍聴人の前で自分の過去を披瀝し、意見陳述や本人尋問をなしてきたハルモニたち。緊張の中で夜もよく眠れず、昼食も喉を通らなかった光景を懐かしく思い出します。裁判の結果は棄却されて何らの賠償金も支払われなかったけれど、日本軍性奴隷制の生き証人として、また日本や韓国でもあまり知られていない女子勤労挺身隊の歴史的な実体を明らかにした原告たちの存在意義は何ものにも換え難く、戦後補償裁判の一ページに大きな足跡をのこしました。原告という主人公を軸に弁護団があり、支援者が存在しました。
 十一年にわたる裁判という戦いの中で自らが解放されるためにはあまりにも私たちの力が、組織が弱体だったと反省しきりです。最高裁で判決文もなく門前払いされた憤り、「私の働いたお金を払ってください」と真摯に訴え続けてきたのに、誠意ある応答がなく、憲法の番人、人権の砦としての司法の役割を放棄したこと、その背後にある日本の国の政治姿勢、人権感覚、倫理性にも問題を感じる現状です。
 裁判を起こし敗訴に終わったがそのこと自体が決して無駄ではなかったことを最終かつ永遠の課題の解決の中で証明していきたいと思っています。ハルモニの人生の中で、裁判の原告だったことを誇れるようになってほしいとひたすら願っています。暗闇に葬り去ろうとする歴史に明かりを灯し正義の実現、尊厳の回復である戦後補償に一石を投じる役割を担ってくださったのですから。

◆私たちにとって裁判支援とは
 関釜裁判の支援を通して原告たちとの出会いは、一般論としての被害者ではなく、顔を見つめ合い、膝をつきあわして過去のつらい体験を聞き、共に涙した隣にいる固有名詞の被害者です。そのハルモニの至極当然な要求を非情なまでに棄却していく司法。良識の府はどこに行ってしまったのでしょうか。私たちはハルモニ達のつらい過去の体験が当然現在まで連続していることを深く知らされました。戦争のもたらす心身の傷はずっと癒えないものです。ハルモニ達が求めている謝罪と賠償。戦後補償という間口を通して日本の国の実体がよくわかりました。最近の政治情勢を見るにつけ、過去が教訓になっているどころか戦争のできる体制と戦争に行く人作りに邁進している状況に憂いを覚えます。人の命は何物にも勝って尊いものであり犠牲になった人はずっとその傷を引きずって生きていかなければなりません。隣人としてハルモニに出会った私たちは具体的には謝罪と賠償の実現のために第二次不二越裁判支援や「戦時性的強制被害者問題の解決の促進に関する法律案」、「恒久平和調査局設置法案」(国立国会図書館法改正案)の立法運動に取り組まなければなりません。そして戦争への道ではなく平和を求め一人一人が大切にされる社会を取り戻すために力を結集しなければと痛感しています。
 原告十人の関釜裁判は終わりましたが、ハルモニ達の訴えを実現するためこれからも運動を続けていきます。厳しい状況下ですが今後ともよろしくお願いします。

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