1994年を迎えて 元「従軍慰安婦」達に個人補償の実現を!

花房俊雄

〈はじめに〉
 1月6日付読売新聞で、外務省が「従軍慰安婦に対し、今年末までに、補償に代わる措置の具体策をとりまとめる」と報告している。 1月9日付毎日新聞は、「在サハリン韓国人の永住帰国問題で、調査団を現地に派遣し、実態把握と支援の方法を検討していく」と報じた。昨年宮沢首相が約束した台湾の軍事郵便貯金支払い問題と合わせ、政府は、戦後50年目にあたる来年を前に、戦後処理の決着のメドを今年中につけようとしている。
 一方で他の戦後補償を求める訴え―韓国の軍人・軍属の死者や傷病者への補償、強制連行労働者の未払い賃金、香港の軍票問題、インドネシアの兵への補償、連合軍捕虜虐待、そして中国における捕虜の殺害・女性への強姦と殺害、七三一部隊による人体実験・強制連行等々―はすべて国家間賠償で決着済みとして、個人補償への道は閉ざし切り捨てていこうとしている。(ただし、在日の軍属とBC級戦犯への補償は、日韓条約においても枠外におかれた問題であり、政府の対応が注目されるところである。)

〈日本の戦後処理の実態〉
 では、いったい日本は自ら起こした戦争による犠牲者への戦後補償をどのように処理してきたのであろうか。(一橋大学の田中宏さんの『日本の戦後責任とアジア』を参照させていただく)
 国内においては1952年のサンフランシスコ講和条約による主権回復直後、「戦争病者戦没者遺族等援護法」を成立(1952年)、翌年恩給法を復活させ、(戦後占領軍によって日本の軍国主義の支柱となったとして廃止させられていた)軍人・軍属、さらには準軍属など国と特別な関係にあった者を中心に、「国家補償の精神にのっとって」手厚い個人補償がなされてきた。その特徴は旧皇軍の階級差をそのままもちこみ、大将と兵の間には最大7倍もの恩給格差があること。侵略戦争の責任を問われた戦犯にも復権がなされたこと。空襲や沖縄の戦争マラリアの被害者など民間人は除外されたこと。国籍条項をもうけて旧植民地の韓国・朝鮮人、台湾人の軍属を排除したことである。
 1952年度から93年度までの国内における個人補償の累計は36兆円あまりになり、なお毎年2兆円近くが今後支払われていくことになっている。
 一方、昨年8月の国会で細川首相が「日本の戦後処理は対外条約において誠実に果たしてきた」と主張する、日本人を数倍する侵略戦争によるアジア各国の犠牲者への戦後補償の実態を見ていこう。(アメリカを始めとするヨーロッパ諸国は東西冷戦構造の西側に日本を組み込むために、賠償をほとんど放棄)
 ビルマ(1322億円)、タイ(150億円)、インドネシア(1440億円)、ラオス(10億円)、カンボジア(15億円)、南ベトナム(140億円)、韓国(1080億円)、北ベトナム(55億円)、モンゴル(50億円)(なお、北朝鮮とは現在国交交渉中のため未済)これ以外の各種請求権への支払いを含めて、合計約6565億円で、これに日本の政府並びに個人の「在外資産の喪失」を合わせても約1兆1千億円にすぎないのである。
 国内支出と対外支払いを対比させると36兆対1兆円となり、その格差が今後さらに拡大されることはいうまでもない。
 アジアに対する戦後補償を概括して大蔵省は「日本が賠償交渉でねばり強く相当の年数をかけて自己主張した結果、小額で済んだ。しかも賠償が遅くなった結果、高度経済成長とかさなり、さほど苦労せずに支払うことができた。加えて時期の遅れは復興した日本が、アジアに経済的に再進出する絶好の足がかりとなった」と自画自賛している(1994年)ように、ほとんどが「経済協力」を中心になされてきたのが実態である。
 とりわけ、日本による最大の戦争被害を被った中国に対しては、交戦状態をも引き起こした中ソ対立の激化、ヴェトナム戦争の泥沼化の中で西側との和解という苦しい選択を余儀なくされた中国の弱みにつけこんで一円の賠償も払っていないことを、私達は銘記しておく必要がある。

1994年を戦後補償元年に〉
 国内と対外支払いを比較すると額の違いもけた違いであるばかりか、前者にはことごとく被害者「個人」に支給されているが、後者はそのほとんどに「社会還元」方式がとられ、被害者個人に届くことはなかったのである。
 アジアにおける民主化の進展と、日本のアジアへの軍隊の再進出に対する警戒、そしてなにより高齢に達した被害者達の「このままでは死んでも死にきれない」という「恨」が国家間処理という壁をつきやぶって今奔流のごとく個人補償を求めて流れ出てきている。とりわけ過酷な傷を引きずって戦後50年を生きて来た「従軍慰安婦」に対するつぐないをどう実現するかは、世界全体が注目するところであり、戦後補償全体にあたえる影響は決定的である。元慰安婦達に対する補償が他の戦争犠牲者への個人補償の道を拓くことになるのを恐れ、日本政府はあくまで、基金方式による(病院や婦人センターの建設という)一括解決をめざして、韓国やフィリピンの政府と水面下での交渉を行っていると聞く。
 昨年8月4日の第二次調査報告の発表を通して「従軍慰安婦」に対する国の関与と、強制連行を認めた日本政府にとって、自らの罪のつぐないとして、彼女ら一人ひとりの心に届く謝罪と補償以外にいかなる道があるというのか。「補償に代わる措置」というごまかしをもって二度と彼女らを裏切ってはならない。
 この一年、私達はあらゆる手を尽くし、声を張り上げて、政府に「個人補償」の実現をさせるよう働きかけていきたいと思います。