連帯の輪広がる 第七回口頭弁論 証人本人尋問

松岡澄子

はじめに
 八月の広島は人が集う。六日の原爆記念日と並び評したいのが、関釜裁判裁判広島控訴審である。
 八月二二日に行われた第七回口頭弁論には、戦後補償や女性の人権に取り組む人達が、全国各地から馳せ参じてくれた。東京高裁の「慰安婦」裁判で証人申請却下という厳しい状況に比して「集中証拠調べ」となった関釜裁判を見守るべく110名の支援者が傍聴の列を作った。恒例の傍聴券の当たりくじの抽選に替わって、コンピューターによる傍聴者番号が掲示された。弁連協を代表してフィリピン人「慰安婦」裁判の横田弁護士も副代理人として弁護団に加わる。本人尋問に先立って宣誓があるが聞く度に権威をふりかざした威圧的な内容にまるで罪人扱いだとハルモニ達に申し訳ない。

尹貞玉(ユン・ジョンオク)さんの証人尋問
 証人申請をした五人の中で唯一採用された、韓国挺身隊問題対策協議会の尹先生の証人尋問から始まった。裁判官に事実関係として「慰安婦」問題の全体像を知ってもらい、多くの被害者と接している尹先生に被害者がどのような身体的、精神的被害を受け、今までどんな生活をしていたかという実態を語ってもらうのが狙いの尋問であった。
 事実関係に続いて、国民基金の活動の評価、永野法務大臣の公娼発言、下関判決に対する評価、姜徳景(カン・ドッキョン)さんの「責任者を処罰せよ、平和のために」という最後の絵に象徴される被害者の願いなど、尹先生の思いや信念が法廷に響いた。尋問を担当した山本弁護士によると10万人以上という「慰安婦」の数に裁判官も驚いてメモをしていたようだ。
 1945年の解放後ずっとこの問題に関心を持っておられ、1980年から調査を始めた尹先生は弁論後の報告集会で、「『男女7歳にして席を同じくせず』の風潮だった当事の朝鮮の未婚女性ならば性病ではないから安心できると日本の首脳は解っていた。朴頭理(パクトゥリ)さんだからではなく、また10万人の女性だけの問題でもなく、これは大きな歴史の課題であるからこそ、この問題を解決せずに日本はそのまま行く筈がない。日本政府はあらゆる方法で謝罪しようとしないが、謝罪は自分をかける行動であるが、事実があるから、日本は苦しくても謝罪をすべきであり被害者が望んでいることである。日本の将来の為にも日本政府を動かしてください」
 と語られたように、被害者を共に歩み、公正と信義の実現にかける思いが滲み出た証人尋問であった。

原告本人尋問
 10人の原告を代表して元「慰安婦」原告の朴頭理さん、李順徳(イ・スントク)さん、元「挺身隊」原告の朴小得(パク・ソドク)さん、姜容珠(カン・ヨンジュ)さんだった。弁護団の今回の本人尋問の狙いは、書証として提出した戦時中の被害事実を前提とした上で、心の中に仕舞って誰にも言えずに50年以上過ごした痛みはどういうものだったのか。下関判決に対する思いや日本政府に訴えることなどであった。
 海を渡って、加害国日本の権威の象徴たる裁判所で宣誓を強いられ、かたくなな権力者の国側代理人と裁判官、支援者ではあるが多くの傍聴人の前で、言いたくもない、思い出したくもない過去を引きずっての尋問はどんなにか精神的緊張と苦痛を強いたであろうかと「裁判」という非情さを思い知らされて辛いものがある。でも原告はこの非情に打ち勝っていかねばならない存在なのだ。
 今回の本人尋問の内容はハルモニたちの内面を問う抽象的なもの、プライバシーに関する内容であっただけに、弁護士、原告双方が難しかったであろうが、十分な打合せ、コミュニケーションの不足を多少感じさせた。下関の判決文を書かしめたように裁判官の心に響いてくれることを願う。
 尋問を終えたハルモニの印象は、朴頭理さんが「何故いつまで同じことを聞くのか」という不満。李順徳さん、姜さんは試験か宿題を終えた開放感や安堵感。朴小得さんは不完全燃焼で涙が光っていた。二人が車椅子で出廷する程の健康状態だったが、文字通り、生命を削っての裁判闘争なのだと実感する。しかし、全てが終わった広島の夜は晴れやかな顔つきでトラウマの薄皮が一枚ずつ剥がれるように、楽しく心が溶け合う交流会だったようで、喜び安堵した。

通訳は「生命(いのち)」なのに
 今回の口頭弁論で問題になったのは通訳である。意見陳述と違って本人尋問は裁判所指定の法廷通訳者だったが、適正な通訳でなかった場面も多かった。通訳との事前の打合せは「中立性を損なう」と書記官に否定され、尋問事項書も渡せないまま、当日簡単な打合せで本番に臨んだ結果と言える。裁判所によって対応が異なるようであるが外国人の場合、通訳が生命であるのに、禍根を残した尋問となった。しかし、二日目の報告集会に通訳二人が参加して「ハルモニ達の気持ちがうまく伝えられなかった」と力不足をお詫びされた。

国際女性戦犯法廷
 一日目の夜に各地から参加した50名で交流会を持ち、それぞれの裁判報告と12月に開催される日本軍性奴隷制を裁く「女性国際戦犯法廷」について共有化した。
 「姜徳景さんの描かれた責任者処罰の絵は三法から銃で撃とうとしているが、白い鳩が舞い、枝には六個の卵が入った巣がある。これは責任者処罰は平和につながるという象徴である。二度とこのようなことがないように、平和を望むからこそ社会の正義を望むのである。
 女性戦犯法廷はどの国の勢力にも属していない純粋な市民の集まりでやっているので、本当の人権を重んじ、社会正義を望んで平和を夢見ながら、20世紀の戦争の歴史から離れて、21世紀は人権が守られ、新しい平和が世界に創造されるように、新しい歴史の章を開くように」と被害国代表でもある尹先生のメッセージであった。
 責任者の特定、天皇の「慰安婦」制度における責任等、困難は多いが、被害者の痛みと恨(ハン)を原点に10年間活動してきた挺対協始め、被害国の運動団体、戦時性暴力を裁くフェミニズム運動の今世紀の到達点をも言える国際女性戦犯法廷が是非とも成功してほしいと願わずにはおれない。

次回は結審の予定(11月10日)
 今回、各地から多くの方々が広島に結集して「集中証拠調べ」を応援して下さったことに、心強さと感動と感謝があった。注目されていることの自覚も増す。「慰安婦」「挺身隊」裁判をはじめ、戦後補償実現に向けた情報交換、12月の民衆法廷の紹介、呼びかけ等、広島での二日間、実りの大きさと課題の重さを共有できたと思う。地元広島で大勢の受け入れに尽力下さった連絡会の皆さん、ありがとうございました。次回は11月10日(金)、国側の反論がなければ結審になる予定である。