原告代理人意見陳述

李博盛弁護士


一 今、我々、そしてあなた方が地に足を付いて立っているこの日本の地は、お国のためにと日本人は人間としてまたは英霊として眠っていることは勿論、その下には、牛馬否物以下に扱われた朝鮮の人たちが、血と涙の叫び声をあげる口も閉ざされたまま死屍累々と横たわっていることを想起すべきです。
本来であれば、謝罪と償いのために、日本国が原告らに歩み寄るべきであるにもかかわらず、半世紀にわたって無為無策のまま放置してきた結果、こうして裁判官を挟んで対決するという、深い深い溝を作りだしたのです。原告らが求めている謝罪と償いは、そもそも、このような裁判といった対決手続きによって、原告らが日本国から勝ち取ることで解決すべき問題なのでしょうか。
それでも敢えて原告らが、自ら名乗り出て、しかも、日本に足を運んでまで、裁判に訴え出るしか方法がなかったことは、何を意味するのでしょうか。

二 被告が取り下げた本件訴訟の移送申立において、被告は、原告の謝罪と償いの訴えを「超法規的」と評しました。このことは、原告らに対する謝罪と償いのための法的措置を何もしてこなかったことを被告自らが、進んで認めたことに他なりません。すなわち、原告らが、この半世紀の間、その侵奪された人間性を回復するについて、全くの無法地帯に放置されてきたことを意味するのではないでしょうか。

三 しかし、我々、原告ら代理人としては、この半世紀の間、法治国家を選択してきた日本の中において、原告らの人間性の回復のための法規範が存在し続けてきたことを信じて、被告の言う「超法規」という闇の中から、原告らの訴えを根拠づける法規範を照らし出そうと考えております。原告らの踏みにじられた人間性が回復できないということが、「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと」宣言している日本において、果たしてあってよいことでしょうか。

四 この法廷で、原告らは、自分が経験した事実を百分の一も万分の一も言葉で言い表すことができないでいます。そもそも、言葉で言い表せないほどの経験なのです。原告らの経験した事実は、今まで、死という沈黙と恥羞という黙秘のため、表立って問題とされることがありませんでした。しかし、こうして原告らが沈黙を破って叫び声をあげた以上、もはや過去の事実として消し去ることはできません。消し去るどころか、今こうして現実の人間の叫びとして我々の耳に心にはっきりと刻みこまれました。
 法というものが、このような人間の叫び声に、何の救済の手立てを考えていないとは、決してありえないはずです。

五 よって、我々、原告代理人としては、本件訴訟において、事実の認定を迅速に行うべく、被告に対して、手持ちの証拠資料を提出するように要求するとともに、裁判所におかれましても、「半世紀も前のことを今更」という予断を排して頂き、あるべき法規範の発見に目を凝らしていただきたく要望します。