原告滞在記

 原告4名は、5月20日来日予定だったが、濃霧のため1日釜山の金海空港に足止めされ、欠航になってしまった。原告達は、「大韓航空のおかげで生まれて初めてホテルに泊まった。」と冗談を言いながら1日遅れで来日。
 すぐ本人尋問の打合せ。しかし時間が足りなくて翌22日、裁判当日出発ギリギリまで弁護士たちと打合せ。
 前日すっかり盛り上がってしまってエネルギーを使い果たした朴SUさんはさっぱり元気がない。「気付け薬(お酒)がないと裁判でしゃべれないよ」との金文淑さんの言葉をすっかり真に受けて、水筒に日本酒を忍ばせて裁判所へ。朴SOさんの尋問が終わった頃、SUさんが飲んでいるのを見て、どうなるどうなることかと心配した。が、なかなかのもので、傍聴席の支援者の涙を誘っていた。最後の頃は、舌がもつれているようで気にはかかったが・・・。1杯ですませればよかったのに2杯も飲んでしまって、「薬」が効きすぎてもうろうとしていたとのこと。こんなこと書いていいのかしら。
(花房恵美子)

 第十四回口頭弁論が終わった5月22日(水)夜、不二越に連行された元女子勤労挺身隊の原告3人と金文淑さんの4人が、教会(城東橋教会)の別室で宿泊されました。彼女たちは、日本人支援者のもてなしを喜ばれますが、もう一つの楽しみは自分たちで自炊をし、好きなように味付けして食事をする喜びのようです。その晩も、何かしら買いこんだ物を、嬉しそうに冷蔵庫にしまい込み、朝になるのを楽しみにされていました。
 翌朝、早く起きて、朝と昼の2食分を作って大満足の様子でした。けれども、あとで聞くと前の晩は大変だったそうです。昼間の法廷での本人尋問で神経をすり減らし、朴SUさんは眠れないほど神経的に参ってしまうし、朴SOさんは心臓が悪いために大分苦しんだようです。柳Tさんだけは、夜には誰よりも早く眠り込んでしまうので、朝になると誰よりも早く起きて散歩に出かけ、南公園の方まで歩いたそうです。「お陰で朝御飯がおいしかったよ」とにこりとされていました。
 午後、空港までお送りしたのですが、おばあちゃんたちから不安げな顔で「この次はいつ日本に来られるのでしょうね?」と尋ねられ、答える術もない私達の心がうづきました。本当に、彼女たちと、いつ、また、逢えるのでしょう。
(入江清弘)