原告滞在記
花房恵美子

 熊本放送・大分放送の「ぐるーと六千キロ東アジアしあわせ航路」(RKB、三月二十日午前九時五五分より)への出演(?)をかねて、1月27日釜山から博多港へビートルで四人が到着されました。団長の金文淑さんと不二越に動員された朴SOさん、柳Tさん、朴SUさんです。
 元女子勤労挺身隊の人達が来日されると、さながら修学旅行のようになるのですが、今回も、三泊四日、暇さえあれば軍歌とナツメロを一緒に歌っていたので、いまだに私が口ずさむのは軍歌です。
 朴SUさんは裁判報告集会で朗々と軍歌を歌われました。怒りで頭に血がのぼっていたのに歌ってスッキリしたそうです。彼女にとって大きな声で軍歌を歌うのは精神安定剤のようです。(韓国では歌えない)
 三人に不二越での生活をお聞きしました。が、あまりにも記憶が鮮明なので、寮のアナウンスと、不二越の社歌と、挺身隊の歌(替歌で夜寮で歌っていた)を紹介します。

朝の寮のアナウンス(柳Tさんが歌うようにスラスラと言われました)

「全寮の皆さんに申しあげます
さあ さあ 早く起きなさい
青い蚊帳をめくって 窓をあけて
涼しい空気を部屋いっぱいに
入れましょう
そして早く掃除がすんだら
お食事をとりにおいでなさい
お食事がすんだら
廊下で点呼をとって下さい」

 事務室前で「行ってまいります」と言ってから軍隊式に並んで、不二越の社歌を歌いながら工場へと行進したそうです。

社歌

一、輝くいらか いらかの波に 不二越われらの希望は踊る 山河の恩寵 豊かにうけて のびゆく国産 五穀 みのる

二、理想のきよか かざしてここに 躍進故あり 人のせいし ひとしくあおぎて 共存共栄 友情はてなし 不二越われら 

挺身隊の歌(「暁に祈る」の替歌)

一、ああ海こえて とおく千里の挺身の はるかにおがむ半島の 空になさけのこの祈り

二、ああ ふるさとの夢さめて さらば父母 やすらかに 乙女の胸に さきかおる きよき ま白のむくげ花

挺身隊の歌(「支耶の夜」の替歌)

富山くるとき うれしかった

一夜すごせば かなしさよ

いつかこの工場 去るでしょうか

いつか不二越 去るでしょうか

ああ 金で泣く 涙わく

 朴SUさんは挺身隊時代、度重なる空襲でいつでも逃げられるように服を着て寝ていたそうですが、今も服を着て寝られています。誰かが殺しにくるような恐怖があるそうです。聞けば聞く程精神的な傷が深いと思いました。